kaito akimoto  
  


 
 
India



2010年3月25日

一部の方々の翻訳のお届けが大変遅れております
2−3日に一度は翻訳者に国際電話を入れて急ぐように
伝えてありますが、なかなか翻訳者が翻訳をおこなう
事務所に戻らず、思ったように翻訳がはかどっていません
歯がゆいばかりですが、
私のもとに届き次第、和訳しお送りいたしますので
申し訳ありませんが気長にお待ちください


2009年6月30日

28日、早朝成田に着きました
29日、休養
30日、護符の発送、翻訳等の準備に取り掛かりました
7月1日より徐々に順をおって発送していきます
なにかありましたらご連絡ください
よろしくお願いします

2009年6月21日 チェンナイ  香港

検索&巡礼、そしてフリーミール、14章の
護符の回収、すべて無事に終了しました
インドを出国します
帰国後、数日、再度海外に出るので
翻訳、護符等の発送は
29日からとなります
よろしくお願いします
インドお疲れさまでした!

2009年6月13日

南インドより秋元海十です
ようやくネット接続できることとなりました
11日AM2時にインドに入国しました
現在、葉の館において検索業務を行っています

18日,21時全寺院への巡礼が無事に終了しました
体が飛ぶように軽いです
インドに意識を向けていただきありがとうございました

13章にしるされた救済法のフリーミールは20日の
昼ごろに行います
日本時間午後3時半ごろからです   終了


THIRUNAGESHWARAM  終了
SWAMIMALAI        終了
THIRUKOLLIKADU    終了
THIRUVIDAIMARDUR   終了
ALANGUDI          終了
THIRUNALLAR       終了
SURIYANARKOIL     終了
IYAPPADI          終了
THIRUPANPURAM     終了
THIRUBUVANAM      終了


2009年6月 11日 ガネーシャの館


6月12日に検索され特定された葉のバンダル

10日、17時ごろに成田を発つ
今回のインドは前回から約1年4か月も間が空いてしまった
さまざまな事柄が重なりなかなか日本を発てず、ようやくといった感じである
いつものマレーシア航空のチケットもとれず、結局2番目に安い、
キャセイパシフィックで、香港経由でのチェンナイ着となった

チェンナイに降り立ったのは午前2時、しかし思ったよりも人が目立つ
予期していたよりは猛暑ではなかった
いつものタクシー運転手ラトラクマールが待っていてくれた
私と同じ年齢の彼を私はとても信用している
まずは空港内のCITIBANKに向かう
ところがその銀行のATMは見当たらず、3カ月前に閉鎖されたとのことだった

計10時間のフライトでくたくただが、ここからもうひと頑張りしなくてはならない
ここチェンナイからガネーシャの葉の館までは約7時間である
まずは経由地ポンディッチェリーを目指しクルマを走らせた
途中クルマの中で背骨が直立のまま気を失ったように眠り、
クルマが溝で跳ね上がるたびに起こされた
何度かチャイ休憩をとりポンディに着いたのは朝7時ごろだった
CITIBANKのATMに立ち寄り、キャッシュを引き出す
前回と違い引き出せる限度額が減っており、これではまた何度か
ポンディに戻ってこなくてはならない
まったく手間のかかる国である

再びクルマにのり、ガネーシャの館を目指した
何度か眠りに落ち、何度か景色を眺め館に着いたのは
午前10時少し前だった
顔を洗いさっそくといった感じで検索の準備を整えた
ビデオカメラを出し、指紋を申込書から切り離す

久しぶりの緊張感である
検索が始まった11:58分。
一人目の検索を終えたのは13:13分。

続いて二人目を13:50より行う
14:56に特定。
毎回のことだが、よくもこれだけ1枚の葉に
ずらずらと名前が記されているものである
しかも職業、兄弟、子供に関してまでもだ

カレーをナディの家でごちそうになり、その後、あまりの
疲労感から30分の昼寝のつもりが1時間ほど寝てしまった
検索を再開したのは17:27分
この方は名前が2つあり、葉の中にはちゃんと
苗字、セカンドネーム、名前とすべてが記されていた
興味深い、英訳が楽しみである

ようやくこの日のすべての検索を終えたのは19:04。
これからもう一仕事である
なんとかネット接続できる環境を整えなくてはならない
前回まではインド携帯を現地で購入し、USBデータケーブルを買い、
ノートパソコンに接続させていた
今回はノートパソコンが新しくなったためOSがXPからVISTA
にかわり、接続ができないでいた
おそらくVISTAとの互換性がないのだろう
なんとかしなくてはならないので携帯の事務所を訪れ、助けを求めたのだが
あまり詳しい者がいなく結局らちががあかない
やはり携帯会社のヘッドオフィスにでもいかなくては
ならないのだろう
いつものことだがうんざしたまま、ラトラタクシーに乗り込んだ

続いてアーユルヴェーダの薬局を訪れる
今回は15章の薬を一人分請け負っている
訪れた薬局は同時に電源を落とされ店じまいだからと
追い返された
もうふらふらである
2軒目、15章にしるされていた5つの薬のリストを渡し
用意してもらえるよう頼んだ

これでようやくホテルに行けることとなった
ナディに新しいホテルができた聞き、はじめてそこを訪れたのだが
あまりいい雰囲気ではなかった
直感的にセキュリティーのあまさを感じる
さまざまなデジタル機器、ノートPC、ビデオカメラ、カメラ、音声録音用IPOD
などなど持ち込んでいるのでこれらを守らなくてはならない
ひとつでも欠ければ仕事が進まなくなってしまう
しかしこれからホテルを移る気力もなくそこに泊ることとした

部屋を長時間でて食事に行くにはセキュリティー上、危険を感じるので
夜の食事はスキップすることにする

日本を発ってからの長旅の汗を流し、デジタル機器の充電を済ませ
ようやく一息つくことができた

その後、ノートパソコンをホテルフロントに持ち込み、電話線を拝借し
IPASSを使ってネット接続を試みたがうまくいかず30分の試行錯誤のあと
あきらめた
また違う方法を試さなくてはならない

泥のような眠りについた


2009年6月12日  ガネーシャの館


ホテルの部屋

9時の約束のはずが迎えが来たのは9時半だった
まあこれもいつものことである
そのあいだ目の前のチャイ屋でコーヒーとヴァーダイ(揚げパン)で朝食を
済ませる

ガネーシャの館に向かう
懐かしい顔が待っていた
昨日とは別のナディである
多くいるナディの中で親友のような親近感を抱けるのは彼だけである
インドを訪れると過去世において王族の一員だったような感覚に
襲われるのだが、その世において彼は側にいたのかもしれない

若干、長旅の疲れもとれ、このナディに会い、テンションも上がった
数年前に結婚した彼にはいつのまにか子供が生まれていた
4か月のようだ
名前を聞いて驚いた
はじめは冗談だと思ったが本当のようだ
「アガスティア」彼は自らの子供をそう名付けていた
「なぜ」と聞くと
「スワミ、ビコーズ、ベリーパワフルネーム!!」
と真顔でいっていた
さすがナディ一族である

そして10:09このナディに指紋を渡し検索を始めた
検索の途中、この人の名前の初めの音と最後の音は全く同じか?
とか小さい子供がいるか?
現在、伴侶とのあいだに誤解・不理解が生じているか?
などと細かい質問が飛んできた?
葉の特定にいたったのは12:10だった
多少時間はかかったものの6人ほどの名が一枚の葉にあらわれた

このナディは検索には時間がかかるものの仕事がとても丁寧なのだ

この日はこのあと3人の葉の検索を行ったのだが
どういうわけかこのあとの3人はそれぞれ葉の特定に30分ほどしか
かからなかった
実はこの日の4人の検索は血族だったのだ
はじめの一人をのぞいた3人はそれぞれ1バンダル(一束目)で
葉の特定にいたった

3人連続して30分ほどで葉を特定できることなど
初めてである
おそらく何らかの強力なエネルギーなどが流れていたのであろう
この日の計4人の特定を終えたのが15:55、休みたいところだが
そうもいかない

まずはホテルをチェックアウトし、昨日同様にインド携帯の支店に
向かう
昨日のマネージャーらしき男に状況が改善されない旨を伝えたが
やっぱりらちがあかない
結局ヘッドオフィスまでクルマを走らせることとなった

ヘッドオフィスでノートPC、データケーブル、インド携帯を見せると
約30分ほどしてから、「このデバイスではVISTAには互換性がなく、サポートがない」と言われた
そしてVISTAでも使える小さなデバイスを勧められた
値段は2300ルピー、約4700円ほどだろうか?
即、買いだった
実は以前やむなくインドで日本の携帯をネット接続に使用していたのだが
そのときのSOFTBANKの請求金額は12万ほどだった
もうそのときのやるせない想いに駆られるのはいやなので
そう考えると安い出費だった

デバイスを新しいノートPCに差し込み、約20分ほどして
とても快適にネットにつながるようになった
これでようやく日本と連絡がとれることとなった
ガネーシャの館での仕事は終えていたので、これから
いつもの古巣の館シバサミーの館に向かうこととなった
風のうわさで大変な渦が館で巻き起こっていると聞いた
大丈夫だろうか

ガネーシャの館からシバサミーの館まで約3時間ちょっとである
また長旅である
案の定、クルマは故障し、途中で修理工場に立ち寄ることとなった
シバサミーの館のある村の定宿のホテルに着いたのは夜中だった
ようやく戻ってきた・・といった感覚である
過去6年、このホテルを拠点に活動していたのだ
ホテルには新しくレストランが併設されていた

ホテルといっても従業員はみな眠りにつき、真っ暗だった
フロントの男をたたき起し、鍵だけをもらいさっさといつもの部屋に
ひきこもった
もう常連なので何かを書いたり、デポジットを払ったりと
うっとおしいことをやる必要がないのだ

部屋に入り、デバイスたちの充電を行い、洗濯ひもをわたし、
蚊取りをセットし、明日からの戦いに備えた
テレビをつけると驚いたことにHBOやスターチャンネル、FOXなど
洋画が見れるようになっていた
多少はこの村でも進化があるようだ
これをつけているだけでも気が休まるものだ
自らの洗濯と衣類の洗濯をし、眠りについたのは午前2時だった



「アガスティア」


2009年6月13日  シバサミーの館

朝食にホテルでオニオンドーサを食べ、9時過ぎ館に向かう
通常なら土日は検索を求める客でごった返しているのに
今日は閑散としている
今までよりも極端にナディが減っていた
うわさ通りである
私のよく知るナディも5人ほどが辞めたと聞いた
悲しいことである

優秀なナディ、ティルニャーナム氏は風邪をひき、ひどい状態だった
しかし彼との検索は楽しいものなので迷わず指紋を渡す
10:06に検索を開始、葉が特定されたのは4バンダル目で
12:18だった
しかし彼の葉の出し方は見事である
日本語の音に慣れていることもあるが感服である

あまりに体調が悪いようでこれ以上検索続行できないと
いうことでナディを交代した

13:00検索開始、1バンダル目葉が特定できず、2バンダル目に
持ち越しとなった13:36。
ナディは次のバンダルを探しにいった
通常はひとつの指紋に対して4−6バンダルほど倉庫に保管されている
そのすべてを検索してでてこなければその時はない・・ということである

バンダルを待っていると館の受付近辺がなにやら騒々しい
噂通り渦が巻き起こっている
館のフロントマネージャーとナディがもめていた
「・・・そうでなければ、ここでナディをやっている俺の人生は
何なんだ!!」
まわりのナディは口をださず、成り行きを見守っていた
結局両者折り合うことなくだんまりだった

2バンダル目、14:24開始、特定、14:44だった

これで今回の新しい葉の検索はすべて終えたこととなった
あとは翻訳を待ちながら、ひたすら13章にしるされる寺院への
巡礼とアートマ・シャンティ・プージャ(亡き魂を弔う祈祷)のみである

まだ日が落ちないあいだにホテルの部屋に帰れることは幸せなことだ
ネット接続が可能な環境になったため、皆にメールを送ったり
HPの更新の手はずを整える
あとはたいしておもしろくもない洋画をみながら脳を休めた



2009年6月14日  シバサミーの館

館での仕事を終えたので館に向かう必要もなく今回検索
した方々の13章に出てくる寺院名のリストが上がってくるのを
待った
10時ごろ、ようやく巡礼すべき寺院すべてがあがってきたので
運転手ラトラを部屋に呼び、どのように巡礼をおこなえば効率が
よいか作戦を立てた
結局今日は日曜でどの寺院も人々でごったがえすため
明朝6時から行うことなった
午前中予定される訪れる寺院は
SWAMIMALAI
THIRUNAGESHWARAM
IYYAPADI

である

この日は一日、この後の仕事の段取りを整えるため
携帯であちらこちらに電話したりHPの更新に努めた
いよいよ明日から巡礼である



2009年6月15日  シバサミーの館

13章に記された寺院への巡礼にでました


THIRUNAGESHWARAM


IYYAPADI の参道


SWAMIMALAI




ALANGUDI
への巡礼を終えました



いよいよというかさっそく巡礼が始まった
THIRUNAGAESHWARAM
はラフー神を主神に祭る寺院である
月曜ということもあり混雑もなくストレスなく
祈りをささげることができた

IYYAPADI
は私のインド体験7年のあいだではじめての寺院である
この寺院ではアルチャナを行う予定だったのだが
寺院に入る手前から何者かが大騒ぎする声が届いてくる
寺院に入ってみるとそれは祈祷を受け持つ僧侶の怒声だった
一体、何を怒っているのかわからないのだが
やたらにわめきちらしている
まあインドではよくあることだが
これではアルチャナをお願いすることもままならなかった

なんとか案内役のナディ・グルジに取り計らってもらい
無事にアルチャナを唱えることができた

このあたりから体調が悪くなりだした
気温は37度である
インドでは今頃が真夏ともいえるから仕方がないのだが・・・

SWAMIMALAI
では大きなスブラマニア神に対してアビシェーカムを
祈祷する
ここのスブラマニア神のご神体は2mほどもありド迫力である
アビシェーカムのあいだ祈りをささげていると第3の目のあたりが
熱くなった

夕方前にALANGUDIに到着し
寺院の開門を待つ
たいてい12時から16時のあいだは寺院はお休みである
ALANGUDI
では小さなご神体だが強力な木星神グルに対して
アビシェーカムを行った

ホテルの部屋に戻ったのは20時過ぎだったと思う
とにかく体が重く、HPの更新等を行わなくては
ならないのだが、とにかくベッドから起き上がれない

結局、やらなくては・・・と意識の中でもがきながら
気がつけば朝5時半だった
電気もテレビもクーラーも扇風機もまわりっぱなしであった
完全に気を失っていた




2009年6月16日 シバサミーの館


午前中、プーンプハールでのアートマシャンティプージャ
無き魂を供養する祈祷を海辺で行う

昨夜から体調がとても悪く、祈祷中なんとか持ちこたえて
いたがホテルのへに戻りまったく動けなくなった
頭痛、咳、のどの痛み、めまい、などに襲われ
外をまっすぐ歩くことすらできない
横になって明日からの巡礼のため、回復に努めた


5時半にボー然と目覚めた
6時には迎えがくる
急いで準備せねばならない
7時過ぎからはプーンプハールでの亡き魂を還す祈祷ー
アートマシャンティプージャを行わねばならない

急いで水浴びをし準備を整えた
体がだるくまっすぐに立っていられない
ラトラのタクシーのなか、ゆれがひどく耐えられず
車中で横になる
そのままの姿勢でプーンプハールまで運んでもらう

約束の7時から30分遅れで祈祷を行う僧侶シャンムハン
がやってきた
このプーンプハールには亡くなった人の彷徨える魂が
集まる場所とされている
そのためアートマシャンティ・カンダムを開くと
この場所が供養の場所として指定されることが圧倒的に多い

僧侶が砂の上に祈祷のための準備を描き始めた
私はバケツを持ち、ベンガル湾に向かった
海はとても荒れていた
これでは沐浴のために足を踏み入れても体を
さらわれてしまう
危険なため横に移動し、比較的波が穏やかかな場所で
浅瀬に立ち、簡単に祈祷のための沐浴をする
そして海水をバケツにくんだ
これは祈祷中、聖水として祈祷に使用されるのである

8時過ぎ、祈祷の対象者の写真を僧侶に預け、祈祷が始まった
僧侶は幾度もマントラを唱え、共同作業での祈祷は進んだ
祈祷が中盤まで進んだころ、私の首筋あたりに生温かい感覚が訪れた
祈祷の対象者が訪れているのだろうか
その後、数分して背後の私のかばんの中の日本から持ち込んでいる携帯が
鳴った
一瞬、いやな感覚に襲われたが意識を祈祷に戻し神経を集中させた
砂浜での気温は否応なく上がった
祈祷のため裸となった上半身はちりちりと焼け苦痛を伴った
祈祷自体は順調にすすみ、決して集中のぶれない僧侶の
祈祷に感服するのみだった
約2時間祈祷を行い、最後に私がベンガル湾で沐浴し、供物を
海に還し、祈祷は無事に終了した
同時に日本で祈ってもらっている祈祷の依頼者はどんな感覚を抱いているのだろうか

その後、ふたたび、海岸で9人の僧侶に対する贈り物の儀式・・・これもアートマシャンティ・プージャの一部・・・を行い、プーンプハールでの祈祷は終了となった

ホテルへの帰りの車のなか、日本の携帯が鳴っていたことを思い出し、
内容を確認した
それは私の山登り・クライミングの恩師が他界したことを知らせるものだった
祈祷中の嫌な感覚が的中してしまった
クライミングの恩師とは10年前からの付き合いがあり、毎週のように山につれて
いってもらっていた
私の人生に多大な影響を与えた一人だった
ここ半年くらいは私があまりに忙しく、恩師の体調が芳しくないことは
わかっていたのだが足が遠のいていた

インドから戻ったら見舞いに行くか、近くの無理のない山にでも
ご一緒したいと思っていた
年齢を経ても現役を貫いた方で山の中では常に人間離れした動きをしていた
悔しさと後悔がこみ上げ、涙が流れた
心の中でここ半年訪れなかったことを何度も詫びた
山を心の底から愛し、山に愛された人だった
失ったものの大きさを痛感した

ホテルに戻り、潮を洗い流しベッドに倒れこんだ
1時間ほどし、目が覚めたが疲れとショックからか
なにもてにつかない
天井で回り続けるファンをただぼうぜんと眺めた

17時ごろ、翻訳者が部屋を訪れた
体を無理やり起こし、一部の葉からタミール語への小冊子への
書き写しが終わっている方々からの翻訳を進めた
葉の翻訳の音声をIPODに録音していく
約2時間、翻訳作業を行い、翻訳者は部屋をあとにした

どうにも体調が回復しない
どうやらシバサミーの館でナディから風邪かウイルスをうつされたようだった
彼と同じ症状に苦しめられていた
止まらない咳、めまい、だるさにおそわれた
パソコンもひらけず、薬を買いにいくこともできず、
眠りに落ちた

心より恩師のご冥福を祈る








2009年6月17日 シバサミーの館

続く・・・・・


THIRUBUVANAM


THIRUVIDAIMARDUR


SURIYANARKOIL


2009年6月18日 シバサミーの館

朝7時半、ホテル発
21時、すべての寺院への巡礼を終え、無事にホテルに
戻りました
体が飛ぶように軽いです
知らない間になにか重いものを背負っていたのかもしれません
インドに祈りを向けていただき本当にありがとうございました

体調不良等で日記の更新等が遅れており支離滅裂ですが
あらためて後日更新したいと思います
取り急ぎご報告まで・・・


THIRUPAMPURAM



THIRUNALLAR


THIRUKOLLIKADU

 

2009年6月19日 シバサミーの館

約束通り朝9時、館に向かう
残り2日、予定しているすべての仕事を終えなければならない
飛び込みで入ったアートマビシャラナ・カンダム
の検索を行うべく準備を整える

ところがあいかわらず約束が守られず、いてもたっても
ナディが来ない
いたずらに時間が流れていく
予定ではアートマビシャラナの検索を終え、護符の清算・受取を
済ませ、支払わなくてはならない分をポンディッチェリーまで
取りに行かねばならない

昨日から飲み続けている薬がようやく効き始め
体調が戻りつつあるというのに今度は仕事がはかどらない

結局アートマビシャラナの検索を開始したのは2時間遅れだった
アートマビシャラナの検索は通常よりも細かい質問が飛んでくるため
ときには日本に国際電話を入れて質問の内容を直接聞くこともある
そういう意味で検索としてはとても手間も時間もかかるのだ

しかしどういうわけか今日のナディはさえていた
1バンダル目の中ほど、時間にして25分くらいだろうか、
情報をひとつも与えていない名前の3つほどが
突然、読み上げられ、文句のつけようのない、特定となった
内容がひじょうに楽しみである

この後、3時間クルマに揺られポンディに到着
CITIBANKIに向かい、一騒動あったものの
なんとか護符の代金等を引き出す

ポンディをゆっくりと見物する間もなく
クルマに乗り部屋に戻ったのはおよそ真夜中だった

いよいよ明日は最終日である


2009年6月20日 シバサミーの館

6時起床
水垢離をしアートマシャンティに備える

6時半ごろ出発
すでに準備を終えて待っていた
日差しも暑くなく心地よいほどに祈祷が進む
アシスタントもいてはかどる

6時起床、アートマシャンティ・プージャに備えて
水浴びをし、身を清める
6時半出発、祈祷の舞台となるプーンプハールに向かう
今日は直射日光を避けるため、早めに祈祷をはじめたいと
僧侶にお願いしていたので、すでに祈祷の準備を終えていた

館にて護符の回収

フリーミール 学校の子供310人



スマンガリ 9人

15時ホテルスタート

薬屋、間に合うか?
アダヤール20時半、ぎりぎり
ほんとうにほっとする
赤坂ビール飲めず
残念

出国




2008年1月26日 日本に帰国しました
マレーシア・クアラルンプール出国しました
南インド 2008年1月20日午後出国しました



看板メニュー・絶品エビそば クアラルンプール




17日
朝 アートマシャンティプージャ    終了
翻訳録音作業
夜、ゴプラ・ディーパム         終了
108人の障害を持つ子供へのフリーミール   終了

18日
朝 THIRUKARKAVUR への巡礼 (朝5時に出発します) 終了
昼 9人のスマンガリ
9人の貧しい既婚の女性に対するフリーミール
(合計27人)                               終了

19日
32人の子供へのフリーミール (人数が都合により集まらず次回
行うこととします

出国準備

16日の巡礼予定
ALANGUDI      終了
SURIYANARKOIL  終了
THIRUKARKAVUR (祭りで僧侶がすべて出払っているため
巡礼できませんでした。18日朝に再び巡礼に訪れる予定です

この方以外の巡礼はすべて無事に終えています
ご協力ありがとうございました

15日の巡礼予定
THIRUVENKADU  終了
THIRUNALLAR   終了
THIRUVILLIMILALAI  終了
の3寺院です。 予定にくわえて
THIRUVIDAIKALI も終了しました

14日の午前中は
THIRUNAGESHWARAM (終了しました)
から巡礼します
その他のいくつかの寺院へも
巡礼を行う予定ですが
お祭りの期間に入るため
指定された祈祷が可能か否か
等も現地に行ってみなくては
わかりません
なのでいけるだけいってみるつもりです
13章の巡礼をご依頼に
なられた皆様はインドにぜひ
意識と祈りを向けてください
よろしくお願いします
(状況により変動する場合もあります)


巡礼予定寺院名
THIRUNALLAR        終了
THIRUNAGESHWARAM 終了
SWAMIMALAI         終了
SURIYANARKOIL      終了
THIRUVENKADU      終了
THINGALUR          終了
THIRUMANANJERRY   終了
ALANGUDI          終了
THIRUKARKAVUR    終了
PATISHWARAM      終了
THIRUVILLIMILALAI  終了
THIRUVIDAIKALI   終了



2008年1月7〜8日 東京〜南インド

7日、東京を早朝6時に出発、
成田からマレーシア・クアラルンプールで乗り継ぎ
インド・チェンナイ着
クアラルンプールからは乗客のほとんどが
インド人となり、いよいよ来たな・・という感じである

チェンナイに降り立った瞬間、とても涼しく
拍子抜けする
とても快適である
10月〜2月の間のインドはベストシーズンである
しかしながら長時間の飛行機の旅でぐったりである
ここからさらにタクシーでベンガル湾沿いをひたすら南下する
その時間およそ6時間
葉の館のあるホテルに着いたのは
8日早朝4時過ぎだった
合計、27時間ほど移動していたのだろうか

検索に備えて休みを取ろうと
ベッドに横たわるのだがお祈りの吟唱が
スピーカーから大音量で流れており
なかなか落ちつくことができなかった
やはりここはインドである

7時過ぎにはベッドをはなれ
フロントでネットの接続を試みる
朝食をとり、葉の館に着いたのは
9時過ぎだった

新年の挨拶を交わし
10時過ぎより申込書から指紋を切り取り
ナディに渡し、仕事をはじめた
結局、3人の第1章の特定に至った

中にはなかなか時間がかかって特定されたもの、
または拍子抜けするほどにあっさりと苗字や
名前をずらずらと読み上げられたりなど
実に変化にとんだ検索だった
葉が特定される瞬間は何度味わっても
心地のいいものである

この日記を書き終えたあとは
明日のアートマ・シャンティ・プージャの
準備のための買い物をせねばならない

明日は早朝6時に出発し
海辺で僧侶を呼び、祈祷を行う
今日は体を休めるべく早めに
就寝したいものである


2008年1月9日  シヴァサミーの館


プーンプハールでのアートマ・シャンティ・プージャ


早朝、5時に目覚ましが鳴る
プンプハール(海辺)での祈祷に
備えて準備する
祈祷に使用する写真、ビデオ、
着替え等を用意する

その後、水浴びをし、体を清めた
車は6時に迎えにくるはずだ

心静かに車を待っていたが
結局車の迎えがきたのは
6時40分過ぎだった
依頼者にインド携帯で電話をし
依頼文を読み上げてもらった

祈祷前の準備は完璧だった

祈祷を執り行う僧侶が若干
遅れたものの海辺での祈祷
は8時40分ごろ始まった

まずは私のみ水桶をもち
海で沐浴し、再度体を清め
祈祷において使用する聖水
となる海水をくみ上げた

祈祷はとても穏やかな雰囲気のなか
進んでいった
過去のアートマ・シャンティの祈祷に
おいて、祈祷の最中に他界した魂が
降りてきて背筋がぞくぞくするのを
感じたりすることもあるのだが
今日に限ってはまったくそんなことは
なく晴れやかな雰囲気のまま約2時間
に及ぶ 祈祷は無事に終わった

通常はこの祈祷が終えたとき
いいようのない疲労感に襲われたりするのだが
幸福感に満たされるかのような感覚を
抱きながら祈祷は終了した
ひじょうに不思議な感覚であった

ホテルに戻ったのは
12時過ぎ、海水を洗い流し
館に向かった

夕方、昨日、やりのこしていた
アートマ・ビシャラナ・カンダムの
検索を続行し、特定にいたった

この日、私はこの館のトップである
シバサミー氏としばし会話をもった
実は今回、
重要人物の葉の検索の依頼を担っており
シバサミー氏が直接葉の検索を行って
もらえないかと話を持ちかけたのである
通常はシバサミーは第1章の検索は
行わず他のナディリーダーに任せている
なので無理は承知で、
「今回、重要人物の指紋を持ってきたのだが
第1章と特別章を検索してもらえるかい?」
と聞いてみたのだ
シバサミーは
「今日はティディ(暦・新月)があまりよくない
明日検索をしよう」
と予想に反して快諾してくれた
明朝は私が請け負ってきた
検索の中でもっとも興奮しかつ
緊張する検索となることだろう

祈祷も検索も順調に進み
いい一日だった

2008年1月10日  シヴァサミーの館

いよいよ緊張の検索が始まる
9時には館に着き、シバサミー
に重要人物の指紋と性別の情報を渡した
約30分後、指紋のかたちから
判別された葉のバンダルが保管庫より
降ろされ検索が始まった

この検索の私自身の懸念としては
お預かりした情報がとても少ない・・ということである
通常はできるかぎり、ナディより飛んでくる質問を予想し
事前に依頼者にメールを送り、返答をもらい
検索に備えるのだが、この検索に限っては
お預かりした情報がとても少なかった
このため、非常に困難な検索になるのではないかと
私自身予想していた

シバサミーが葉を読み上げ始めた
そして質問が飛んでくる
「この人が生まれたとき、父親は立ち会っていた?」
「この人が生まれたあと、家族は大いに発展を遂げた?」
「この人は馬を所有している?」
「この人は湖・海の近くに住んでいる?」
などなど、ほとんどが
「それはわからない」
としか答えようのないものばかりだった
そのたびにシバサミーは、同じ葉に目を落とし
その葉の可能性をつぶすために
さまざまな質問を投げかけてきた
過去の検索と比べ、ひじょうにゆっくりではあるが
とても丁寧に検索は進んでいった
私がお預かりしている情報のみをもとに
YES NO で答え、約40分かけて
第1バンダル(束目)の検索が終了した
結局、葉は特定されず、急激に館に人が
訪れ忙しくなってしまったため
検索の続きは明日継続して行うこととなった

マレーシア、フランス、インドのVIPなど
一気に押しかけたため、シバサミーも
他のナディも多忙となり、ある程度の
長期滞在の私の仕事はあとまわしとなった

私はマレーシアから訪れている夫婦と
たびたび会話をもち、お互いがもっている
不思議な人の情報を交換し合った
興味をそそられるような、マレーシア在住の
新たな治療師や占い師
の情報などを教えてもらい
マレーシアを訪れた際には連れていって
もらえることとなった
これもまた楽しみである

午前中の検索以降は
何もやることがなく
マレーシアからの夫婦との
会話を楽しんだ

17時半ごろより
ようやく手のあいたナディと
葉の検索を行った
このナディとの検索はやりなれているので
検索速度はとても早い
約1時間ほどで葉が特定された

ホテルには19時過ぎに戻った
ぼーっとしている間に眠りに落ちた

 

2008年1月11〜12日 シバサミーの館

昨日に引き続き午前中、重要人物の検索を
シバサミーとともに行う
第2バンダル目である
昨日同様にそのほとんどの問いに
「わからない」としか答えようがない
あいかわらず緊張に満ちた検索である
それほどに緻密な質問を投げかけてくる
この雰囲気で葉が特定されるのだろうかと
不安に思えてくる
約40分をかけて第2バンダルの検索は
終わった

第3バンダル目の検索を行おうとした
直前、シバサミーの20年来の顧客が
彼を訪れ検索は中断となった

昼過ぎ、シバサミーが
「昼飯を食べたら戻ってくるから
(それから検索の続きをしよう)」
と館をあとにした

そのあいだ他の仕事を進めようと
思うのだがみんな手一杯で一向に
仕事を進められない

16時近くまでシバサミーを待っていたが
戻る気配がなく、館の人間に聞いても
戻ってくるかわからないといわれる

約5時間ほどただ待っているだけの
無意味な時間が流れだんだんと
怒りがこみ上げてくる
これ以上館にいても無駄だと判断し
16時少し前に宿に戻った

12日、今日こそはなんとか
重要人物の葉を特定したい
そんな気負いがあったからか
昨夜はなかなか寝付けず
眠りに落ちたのは朝3時ごろだった

9時前には館に着いた
シバサミーはすでに到着していた
不意に「昨日待ってたんだよ、
どうして戻ってこなかったの?」
と聞かれる
「いや16時まで待ってたけど
来なかったから部屋に戻った」
どうやらシバサミーは葉の検索を継続するために
16時ごろ戻ったらしい
入れ替わりとなってしまったのだ
どうやらお互いの意思の疎通に誤解があったようだ

9時20分ごろより重要人物の検索を続行する
とうとう3日目に突入してしまった
約2時間ほどかけて5バンダル目の検索を
終えた
まるで葉が出てくる気配がない
しかし検索には耐え難いほどの緊張感が
漂っている
こちらもどんな些細な点も見逃すまいと
気合が入っている
しかし5バンダル目までにいたっても
おしいな・・という感覚もない
私がシバサミーに
「この指紋のバンダルはいくつあるの?」
と聞くと
「7バンダル、あと残り2バンダルくらい」
といっている

検索は祈りと願いをこめて
6バンダル目に突入
6バンダル目の真ん中あたりから
重要人物の特徴的な事柄が
ちらほらと質問の中に混じりはじめた
ようやく気配が漂い始めた
一問一答、これほどまでに
検索で緊張と興奮をしたことが
あっただろうか
ようやくいくつか名前が一致したが
結局、すべての名が一致せず
特定にはいたらない

7バンダル目が準備されるあいだ
館の裏手の池を眺めながら
今回はもうでてこないかもしれない
と半分あきらめのような思いが
うずまいていた
しかしもしそんなことになれば
私にとってははじめてのことである

12時半より最後となるかもしれない
7バンダル目の紐が解かれた
しかしバンダルの半分ほどまで検索が
進んでも身を乗り出すほどの感じに
まではいたらない
それからまもなくして
待ちに待った濃厚な質問が飛んできた
私はこの決定的な事柄に対する
質問を7バンダル目まで永遠と待っていたのだ

それから何枚か葉はめくられ
やがてこの人の父親の名は
「○○?」
ときかれどんぴしゃだったので
おもわず過剰に反応してしまった
その瞬間シバサミーも
「「あれ、もしかしてこの葉かな」」
と目を丸くしている
その後、同じ葉から3人の名をよみあげた
いずれも一致している
暦表から生誕日を確認する
一致している
とうとうでたのである
シバサミーは思わず
「もうでてこないと思って
あきらめてたよ」
と本音をもらした
3日間、7バンダルに及んだ検索は
ようやく終わった
これほどまでに緊張と興奮に満ちた検索は
初めてだった
シバサミー氏も他のナディに
「3日間!7バンダルでやっと出たよ!」
と子供のように興奮する一面を見せていた

しかし気にかかる点もあった
苗字ともうひとつの特徴を言われていないのだ
「それは書いていないかい?」
とシバサミーにたずねたが
「葉をノートに書き写す際にじっくりと
調べてみるよ」
といわれた

葉が特定されてから何時間かは
私も放心状態だった
それほどまで緊張し、また葉を特定できた
ことで安堵していたのだった

この日はこの検索以上の仕事はできず
充実を味わいながら部屋に戻った
いろいろなことはあるがこの仕事は結局
おもしろい


2008年1月13〜14日 シバサミーの館

午前中、シバサミーとともに
重要人物の第1章の英訳を音声にて記録する
冒頭部分が長く印象的
普通の魂ではない印象を受ける

昼過ぎより、今回の新規検索の
第1章等をナディに読み上げてもらい
それを英訳への翻訳者が同時通訳していく
それを聞きながらメモをとり
IPODに録音していく

夕方5時、タクシーに乗り込み
別の葉の館に向かう
これも今回の特別依頼のひとつである
シバの葉でないものを捜しにいく

その館に着いたのは
8時過ぎだった
その館のナディはいやな顔ひとつせず
検索を引き受けてくれている
1バンダル目のはじめごろ
検索依頼者の恋人に関して
詳細な質問をされ面食らう
その部分に関しては予想外の質問だったので
答えようがなかった
このナディとの検索はいつも楽しい
いつも新鮮な驚きを与えてくれる

1バンダル目のなかほどで
苗字を含んだ名前が読み上げられた
すばらしい一致であった

ビデオを一旦停止し、一息ついていると
「この人は以前にナディを開いているか?」
と聞かれる
「あ、そういえばそうだった
何の葉か、書いてある?」
「前はシバの葉を開いたと書いてある」
「そのとおり!!」
120%満足のいく検索だった

時間にしておよそ30分の検索だった


(きれいなブロック体で書かれている)

タクシーに乗り込み
シバの葉の館のある村にとんぼ返りする

途中、夜中の12時ごろ
どぎついほどに汚い食堂で
ポロータとオムレツを平らげる
汚さゆえに緊張を強いられる食事だった
結局、宿に着いたのは
朝3時だった

明朝はいよいよ巡礼開始
出発時間は6時である

14日

13日の日記を書くために
5時に起きようとするが起きられず
ぎりぎりまで寝てしまう

ホテルを出発したのは6時だった
7時半に THIRUNAGESHWARAM 着

THIRUNAGESHWARAM


ラフー神を主神に祀るこの寺院は
巨大であり有名でもある
7時半という時刻にもかかわらず
多くの人が巡礼に訪れている

約200人の巡礼者が
見守る中、ラフー神へのアビシェーカム
が行われた
手を合わす者、静かに僧侶の振る舞いを
見守る者、みなそれぞれの想いで祈りを
ラフーに向けていた

PATISHWARAM


8:40 PATISHWARAM 着
DURUGA DEVI パールバティ女神の
化身を主神に祀る寺院である
寺院を入ったすぐの正面に
その石像は構えている
黒光りし威光を放っている
体高180cmほどあるだろうか

私のことを記憶してくれていた僧侶が
アルチャナを行ってくれた
珍しくインテリな僧侶で
確かアメリカかカナダに行ったことが
あると言っていた

短い祈祷だったが、心のこもった
祈祷をおこなってくれた
寺院内部もインドにしてはこぎれいで
心地がよい

SWAMIMALAI


SWAMIMALAI もまた有名で
多くの参拝者が訪れる
巨大なスブラマニア神が祀られた祠には
すし詰め状態で熱気に満ちていた
僧侶も請け負った巡礼者の相手でてんやわんや
している
祈祷のアビシェーカムは約1時間強かけられ
ゆっくりと行われた
デコレーションを終えたスブラマニア(ムルガ)は
異様な迫力に満ちていた

THINGALUR


12:30ごろ、THINGALUR 到着
この寺院の主神である月神にアビシェーカム
を行う予定だったが間に合わず
16時に出直すこととなった
12時から16時は基本的には
寺院は閉鎖される
昼休みなのだ

昼食をとるため、寺院を離れるが
車が故障する
運転手は上半身裸となり
車の下にもぐりこんでいる

携帯のアンテナがバリ5であることを
確認し、パソコンを立ち上げ
遅ればせながら巡礼開始連絡メールを送る
休む暇などまったくないといったところだ

約1時間ほどでなんとか修理を終え
食堂で昼食をとった
日本人が珍しいのか
好奇な視線を浴び続けた
しかしもうそんな視線には
なれっこである

15時に再び、THINGALUR に戻る
気がつけば寺院が開く
16時まで爆睡していた

この寺院の月神は約50cmほどの大きさしかない
農村部に位置するこの小さな寺だが
その素朴さは愛すべきものである
静かで穏やかな気持ちで
アビシェーカムに集中し祈りをささげた
また僧侶の人柄がとてもいいのだ

THIRUMANANJERRY に着いたのは
19時近くになろうとしている時だった
既に日は暮れている
この寺院ではシバ神とパールバティ女神が
一緒に祀られている
この寺院は新婚や良縁を求める人に
評判高い寺院である
この日はそれほどの混雑ではなく
落ち着いた気持ちで祈祷に望むことができた



2008年1月15日 シバサミーの館



THIRUVENKADU

早朝、7時ホテルを出発
7時40分、水星神にアビシェーカムを
行うためTHIRUVENKADU に着
まずガネーシャ神、パールバティ女神、シバ神
にアルチャナを行い、メインの祈祷である
水星神へのアビシェーカムを行う

その後、THIRUVIDAIKALI へ向かう
9時40分ごろ到着
メインの祈祷であるスブラマニア神への
アビシェーカムまで時間があるため
朝のチャイを飲みに行く
その途中、子ヤギが停車時のわれわれのタクシー
の下に知らぬ間にもぐりこんでしまい
轢いてしまった

ヤギの持ち主がなにやら言っている
これはまずいことになった
運転手ラトラとわれわれはチャイをあきらめ
寺院に戻った
ラトラは問題の解決のため
ヤギの持ち主のもとへと走った

ようやく祈祷が始まった
寺院の堂の内部にはなにやら
酸味の利いたにおいが漂っている
こうもりの臭いだ
天井をふと見上げるとそこには
私が今までに見たことがないほどの
無数のこうもりがぶら下がっていた
無性に気持ちが悪い
しかし祈祷は続いていく
ポンガル祭の真っ只中のため
太陽神、や月神に対しても
入念な祈祷が行われていく
気が遠くなりそうだった

メインのスブラマニア神は
体高1m80cmほどあり
大迫力であった
その感動とこうもりの気味悪さが
私の中で交錯しながら約2時間に
及ぶ祈祷は終わった


THIRUVIDAIKALI

夕方 THIRUNALLAR での土星神への
アビシェーカムに向かう途中
多くの泥酔者をみかけた
祭りのためこの日だけははめを
はずしいつもは口にしない酒類を飲むようだ
多量の飲酒により道端で交通事故死している
者もみかけた
バイク同士の事故だった
事故後、数時間そのままだったのか
多くの人だかりができていた
「救急車みたいなものは
来ないのかい?」
とラトラに問いかけたが
「今日はみなが酒を飲み
あちこちで事件や事故、けんかが
あるからね」
といっていた

THIRUNALLAR はいつものように
人であふれていた
ここの土星神は本当に小さく30cm
ほどしかない
しかし人々はこの土星神から恩恵を
授かろうとこの寺院に集まるのだ
人々は土星神に行われるアビシェーカムの
一挙手一投足をみつめ手を合わせるのだ

私も同様に依頼者の写真を掲げ
(多少、恥ずかしいのだが・・)
祈りをささげた


THIRUNALLAR

THIRUVILLIMILALAI へ
着いたころには真っ暗になっていた
月明かりだけが光源だった
寺院のなかに入ってみると
シバ神とパールバティ女神が一体
となり祀られている
どうやらこの寺院もTHIRUMANANJERRY
と同様に良縁や結婚を求める人に
親しまれている寺院のようだ
そういえば依頼者もそういった境遇だった
意味なく巡礼しているのではないのだな・・
とあらためて実感した

ホテルに戻りネット上の仕事にとりかかり
眠りに落ちたのは朝2時だった

THIRUVILLIMILALAI (夜のため撮影不可)

2008年1月16日 シバサミーの館



ALANGUDI

早朝4時の出発に備え、3時半に目覚ましを
かけていたのだが気がつけば部屋の外で
私の名を呼ぶ声が聞こえ飛び起きた
既に4時半だった
疲れが蓄積されている
もうろうとする意識の中で準備を整え出発する

ドライバー・ラトラは車を飛ばし
6時前にはALANGUDIに着いていた
まだ外は暗い
祈祷の予約を巡礼を手伝ってくれている
グルジにまかせた
6時半過ぎからの開始のようだ
この寺院では木星神にアビシェーカムを
行う
この寺院の主神のグル・木星神は
いつきてもただの石像ではなく
何かが常に宿っているかのような力を
備えている
この寺院のグルはとても有名で
多くの人がグルへの巡礼にここを訪れるのだ

約30分ほどかけて
アビシェーカムを祈祷してもらったが
デコレーションを終えたグルは
やはり生きているかのようにエネルギー
を放っていた


SURIYANARKOIL

SURIYANARKOIL では
9つの惑星神が祀られている
太陽、月、ラフー、ケートゥ、木星、水星、金星、火星、土星である
そのひとつひとつの祠で、それぞれアビシェーカムとアルチャナを
行っていく
祈祷を行う僧侶もそれを受け止めるこちらも
大仕事である
おまけにこの日はポンガル祭の影響か
あふれんばかりの人だかりだった
僧侶も混乱し、時には怒声を発している
適切な言葉ではないかもしれないが
とても盛り上がった祈祷だった
祈祷を受けた人々はそれぞれに
充実と満足を味わっていた

祈祷後、翻訳録音作業のために
館に戻った
ナディと約2時間、翻訳作業に没頭した
16時ごろ、シバサミーと重要人物の
特別章の翻訳作業に入る
いつもの朗らかな雰囲気と違い
何か怒ってるようだ
「ずいぶんと君のことを待ったよ」
それが第1声だった
巡礼の日程や様々な連絡ミスや誤解などが
重なりシバサミーが意図していた時間と
かなりずれがあったようだった
私自身も多忙なシバサミーを煩わせまい
と時間をやりくりし、頻繁に連絡を
入れていたのだが行き違いがあったようだった

この特別章を開くことに関しては
かなりの障壁や邪魔なエネルギーを
感じていた
しかし私としては翻訳が始まってしまえば
事態は好転するだろうとふんでいた

若干のきまづさと重い空気のなか
翻訳ははじまった
しかしすぐに和やかな空気となり
翻訳は進んでいった
意味を取り違えないように真剣に
望んでいたのだが連日の蓄積された
疲労が私に襲い掛かっていた
なかばもうろうとしていた

シバサミーが何かを言った
それを聞いた途端、眠気疲れがふっとんだ
衝撃だった
一般的な葉では体験することの
できない深遠さを感じた

翻訳が終わってからも
私はその衝撃の余韻を長く引きずり
他の仕事を進めることもできず
呆然としていた
葉に関しては多くのネガティブな意見も
あるがそういったものを一掃させるかのような
力があった
何かを超越している葉だった
それは霊的なものを秘めているからであろう

部屋に戻ってからも日記に手をつけることも
できず、宙をみつめていた


2008年1月17日 シバサミーの館





今回、2度目のアートマシャンティプージャである
ホテルを出発する前に依頼者に電話をし
祈祷依頼文を読み上げてもらう
その後、タクシーに乗り込み
祈祷場所であるプーンプハールに向かった

今日は3日間の祭りの最終日ということもあり
祈祷を執り行ってくれる僧侶は一人できていた
いつもは一人のアシスタントを連れてくるのだが
今日は彼一人で祈祷に必要な品々を両手に
もちこの海辺にきていた

彼によれば今日は祭りの最終日なので
誰も来たがらないのだという
大金を積んでも来ないよ・・
と笑っていた

祈祷にかかる準備の間、しばし
彼との会話を楽しんだ
彼の身の上話やこの祈祷の意味合いなど
様々な話題に及んだ
来週の火曜日に
天井のファンから首を吊って自殺した
若い女性のアートマシャンティプージャを
まさにその家で行うのだという
ある年齢を経て病気になり他界、いわゆる
自然死とは異なり、自殺などで他界した
魂を祈祷する場合には念入りに何日も
前から準備を行うのだという
自らその悪想念や強い執着、未練などを
かぶってしまわないように
マントラを唱えたりなどして
自らの身を守ったのち祈祷に
望むのだという

彼は英語も話し、様々な一般的な社会経験
を経験を経て僧侶になったようだ
私はこれまでに彼と約7−8回ともに
祈祷を行っているが
その祈祷がどういった結果を依頼者らに
もたらしたのかを話した
彼は素直に喜び、お互い
心地のよい状態で祈祷は始まった

約2時間に及んだ丁寧な祈祷の
あいだ時折武者震いにおそわれ
亡き魂を近くに感じた
充実した祈祷であった
日本でともに祈りをささげてくれている
依頼者にもなにかが伝わっていれば
いいなと思う

館にすぐさま戻り
翻訳作業に追われた

日が落ちたころ
翻訳作業を切り上げ
ゴプラディーパム(モクシャ・ディーパム)の
様子を見に行く
天に向かってそびえる
山門(寺院の門塔)の両端には
火が灯され、午前中の亡き魂が
正しく天に導かれるように
儀式が行われいた

休むまもなく、108人の障害を持つ子供たちへ
フリーミールを行うため、隣町にある施設に向かう


108人の障害を持つ子供たちへのフリーミール

少女ラクシュミ

既に皆は私の到着を待ちわびていた
用意されていた食事を一人一人に配っていく
中には見慣れない顔や
私のことを記憶してくれている者もいる

相変わらず少年ジェミニのにぎやかさ元気さは
健在だった
食事を取ることも忘れ
タミール語でさかんに話しかけてくる

食事を配り終えたあとは
恒例の写真撮影となり大騒ぎとなった
その大部屋をあとにし
気にかかっているラクシュミを探した
彼女には両腕がない
約6ヶ月のときにここにの施設に
連れてこられ、その一週間に私は
彼女とはじめて対面した
腕はないものの表情から見て取れる
賢さがとても印象的だった
その後、彼女がどう成長したかが
気になっていたのだ

彼女は立派に成長していた
既にはっきりとした意識が芽生え
人見知りな性格なのか
抱こうとしたが泣き顔を見せられた

クッキーを渡すと器用に左足ではさんで
受け取っていた
その成長振りを見て取り
本当にうれしくなった

2008年1月18日 シバサミーの館


THIRUKARKAVUR

早朝5時ホテルを出発
約2時間のドライブである
最後の巡礼の寺院である THIRUKARKAVUR に向かう
蓄積された疲労のため
ビデオをまわすこともままならず
気を失っていた
気がつけば7時過ぎ、寺院に着いていた

とても晴れやかな天気だった
巡礼の最後を締めくくるにはふさわしい陽気だ
この寺院ではパールバティ女神にアビシェーカム
を行う
どのような寺院なのか、巡礼のヘルプを
してくれているグルジにたずねると
子供を授かる上でとても重要で恩恵の
ある寺院だと教えてくれた
納得である
依頼者も子供を望んでいるのだ

巨大で真っ黒なパールバティ女神の石像は
反射的に手を合わしてしまうほどに強烈な
エネルギーを放っていた
単純にこれは効くよな・・と感嘆してしまう
祈祷のアビシェーカムは約1時間に及んだ

子を授かる上で重要な力が備わった
ギーオイルをいただき
寺院をあとにした
ようやくすべての巡礼が無事に終了した
日本や海外からともに祈ってくれた皆さま
お疲れ様でした



9スマンガリギフト

館に戻る途中、薬局に向かい
第15章で指定された
アーユルヴェーダの薬を購入する
今日はあらゆる進行がとても順調である
巡礼を無事に終えたこともその一因なのだろう

館に戻り今度は9スマンガリ・ギフトの
準備にとりかかる
スマンガリとは既婚の貧しい女性・・ということだ

今回の巡礼依頼の13章のなかで
9スマンガリ・ギフトが3人のなかに
記されていた
合計27人の女性たちにサリーや幸運な品々
食事を贈ることとなる
昨夜の夜中まで私の計算違いで
18人だと思い込んでいた
疲労のため頭が壊れていたのだろう
あわてて今朝、18人ではなくて27人だ・・
と伝えたため昼間の準備はてんやわんやとなった

きてもらう女性には前もって
引換券のようなものを渡すのだが
うわさをききつけた女性等も
集まってしまいちょっとした騒ぎとなった
(このため写真撮影もうまくできずだった)

それでもなんとか時間はかかったものの
27人の女性にサリー等を贈ることができた
正確には24人だったのだが、あとで3人に
重複して渡した女性から手渡してもらえるよう
お願いした
急遽、9人追加したため完全な準備ができなかったのである
私の前では女性たちは平静を装っているのだが
私がいなくなるか隠れると
それぞれのサリーを見せ合い
交換しあったっり、時には取り合いになったりと
女性らしさを発揮しているようだ
とにかく喜んでもらえることが
重要なのでそういう意味では楽しい
時間を提供できたのだと思う

館に休むまもなく直帰し
翻訳録音作業に没頭した
無事に仕事を終えたあと
ナディの皆に今までインドで撮影した
写真をパソコン上で見せた
皆大喜びだった
そして日本とメッセンジャーで映像を
つなぎ成長した私自身の子供の映像を
生で見せた
これにはさらに大喜びだった
皆なぜかとても子供好きなのである
息子は何度か赤子のころ
インドの連れてきており
ナディは皆記憶しているので
その成長振りをとても喜んでくれた
今回の仕事の90%を終え、ちょっとした平和な
ひと時だった

ホテルのわが部屋に戻り
サッポロ一番塩ラーメンを
食しようやく一息というところだった

今日まで何度かしか夕食を
口にしていなかった
大概は昼遅く2−3時ごろ
ナディの家の奥さんのお手製カレーを
食すため夕食抜きでも特に
苦しくはなかったのだ
そのうえ経費の節約にもなる
時には空腹に身をよじることもあったが・・
部屋にもどってすぐは
パソコンでの仕事と多少の睡眠
のほうが重要なのだ


2008年1月19日 シバサミーの館

インドでの全仕事終了!
出国します

2008年1月20日 南インド〜マレーシア・クアラルンプール

20日19時、マレーシア・クアラルンプール到着
KLT(電車)で市内まで移動し、タクシーをつかまえ
いつもの宿にチェックインした
そのホテルではいつもお世話になっている
二人が出迎えてくれた
ある意味もうひとつの家に帰ってきたかのような感じである
マレーシア訪問は既に10回は超しているだろうか

遅めの夕食をとり、ベッドに倒れこんだ


21日 クアラルンプール


偏頭痛や体調不良から
あまり部屋を出ることなく
もっぱら体を休めることに専念した


22日 クアラルンプール

朝10時、マレーシア滞在目的の重要なミッションと
なっている漢方医のもとを訪れる
今回も通訳をかってくれている友人ジャックが
宿に迎えに来てくれた

約半年ぶりに会った漢方医は
さらに若返ったかのようにエネルギーに
満ちていた
しかし聞けば年齢は70才を過ぎているとの
ことだった

私のあとにも多くの人が診療を待っているため
話もそこそこに早速、依頼者の写真を漢方医
の目の前に置く

しばらく写真を見たのち、
ペンを右手にとり何もいわず
処方箋を書き始めた
「怠け者すぎる。この人はもっと運動をしなくてはだめだ
そうすれば自ずと体調は改善される」

そういい終えるころには4枚の処方箋を書き終えていた
今日はいつもより言葉が少ない
相変わらず、張り詰めた空気が室内に流れている
この漢方医は脈診や問診を行わない
写真には手をかざし、霊感ともいえるような力で
症状を判断する
患者が目の前にいるときは
患者を立たせ鋭い眼光で体をスキャンし
問題を指摘する
そしてその症状を改善させるための漢方を処方するのだ

2,3人目の写真に関しても
手をかざし、時には一見しただけで
問題を指摘し、処方箋を書いていた
前回も感心したがおそるべきパワーである

依頼を受けた人数の写真の処方箋が
終わったところでどうすべきか躊躇していた
実は私自身も漢方を処方してもらいたいのだが
部屋の外では多くの人が順番を待っている

どぎまぎしている間に漢方医は新たな紙に
処方箋を書き始めていた
「あ、処方してもらえるっ・・」
といった感じで漢方医の対面におかれた
椅子にすわった

見ざる言わざるの緊迫した時間が流れた
漢方医はひたすらペンを走らせている
その空気に耐え切れず、
「実は最近、3年半前ほどまえに
後頭部左側を強く地面に打ち付けたのですが
その後遺症のためか、脳内の左側だけが
膨張する感覚があったり、左脳だけが
軽くしびれたりするのですが大丈夫でしょうか?」
と言葉を投げた
漢方医は4枚ほど書き終えた処方箋から
おもむろに目を上げ
「1枚目の処方箋が脳のため・・
2枚目が胃腸のため・・・
3枚目が神経系のため・・
4枚目が・・・・・・・
まだこれ以上に必要かい?
満足していないかい?」
と返した
その言葉を聞き、安心した
聞かないかぎり何も言わない先生だが
その眼差しは患部を見抜いており
必要なものを処方してくれているのだった
「完全に満足しています。サー!」
と返答した

ひょんなことから
漢方医の年齢の話になり
その話の流れで漢方医が
「第2次世界大戦のとき、私はただの子供だった」
「私が5歳のとき、私は南京にいた
私の目の前で多くの中国人があなたがた日本人に殺された
私の目の前でだ
あなたがたの教科書にはその歴史的事実が
正しく記載されていない」
と若干空気が凍りつき始めた
通訳をかってくれているジャックも困った顔つきだ

マレーシア、マレーシアの島、韓国などの
旅の途中で私はこのような多くの話を聞かされる
時には本人の体験、ときにはその人が祖父や父親から
日本人からどういう仕打ちを受けたか・・・という話だ
人々の記憶からは決して消えることはないが
教科書には掲載されない生きた話である
漢方医の言葉を真摯に受け止め
と挨拶をすませ部屋を出た

漢方医と会っていたのは約1時間ほどだったが
あまりにも濃密な時間であった

この日は重労働が応え、ほぼ半日ぐったりしていた


様々な生薬が配合される


1袋1人分、約7回分処方される


23日 クアラルンプール

朝10時半、パヴィリオンのジャガーの前で待ち合わせ・・
今日はどういった日になるのだろう

この待ち合わせは、私がシバサミーの館で出会った
マレーシア系中国人と会うためのものである
彼MR C は彼の妻とともにシバサミーの館に葉の検索に
訪れていた
待ち時間などでお互いに話をするなかで
我々は様々な情報交換をしたのだ
私は彼にマレーシアの昨日の日記に出てくる漢方医の
話を提供した
マレーシアに住む MR C はその換わりとして
彼自身が知っている気と手を使って治療するドクターを
紹介してくれたのだ

今日はそのドクターのもとへ連れていってくれることになっていた
MR C の話によればドクターは手のひらの裏側で患者の肌の
表面を叩き、血流の妨げになっているもの(ブロッケージと彼らは
呼んでいる)を肌の表面に浮き上がらせ取り除き、血流、気の流れ、
酸素の流れを良くして治療するのだという
MR C 自身も彼の治療を受け、ひざの痛みを克服したのだという
この話をインドで聞き、これはおもしろそうだ、一見の価値あり・・
ということで私がマレーシアに入国した後、連れていってもらえるように
お願いしていたのだ

MR C の車に乗り込み、クアラルンプール中心から市外へ
走ること約30分、ドクターの家についた
そこは見慣れた場所で友人ジャックがいつも蟹をご馳走してくれる
レストランから目と鼻の距離のだった
そのことをMR C に伝えるととても驚いていた

早速ドクターと対面した
直感的に「この人はいける」
となぜか感じるものがあった

約30分後、前の患者さんの治療が終わったところで
我々の順番となった

ドクターの自宅に用意された治療室に入り
つづく・・・・


手の感覚と氣の力のみで施術を行うドクター


体内奥深くに溜まった毒素、血流を塞いでいた塊が肌に浮き出てくる(右肩)


施術後、数時間経過した右肩の状態


NEW!!!   ガネーシャの葉 第1章
(私のものではありません。ご好意により掲載させていただいています
私が経験した中でも特に内容が深いものです )

GANESH NADI:CHAPTER No.1

ガネーシャ神―神々を代表する者はシバ神の御足に祈りを捧げた

主(シバ神)は、パンチャ・ブータ(五つの粗大元素―地、水、火、風、空)の真の顕現・具現であり、この世に存在するあらゆる哲学的思想の中心であります。
主は叡智であり、慈悲であり、主はこの世界の人々が“苦しみ”と“喜び”から体験する“人生”そのものであります。
主は人々が正しい人生を歩むよう導きます。
“悲しみ・苦しみ”は解脱を得るための試練であり、あらゆる“痛みや苦しみ”を乗り越えることで、人々は積み重ねてきたカルマを浄化することができるのです。
助けを必要とする者に手を差し伸べることにより人々は、神の御許に到達するよう運命付けられているのである。
そして主の永遠なる恩寵は、あらゆる悲しみと苦しみから人々を救い、さらに主の祝福は幻想・無知のぬかるみから人々を救うのである。
主の御足に熱心な祈りを捧げ、主の祝福を得た息子・ガネーシャは、我々の愛すべき娘(○○○)が主の祝福を得て、彼女の未来の繁栄と彼女に課せられた責任と義務を悟れるよう懇願します。

?“IRUSUTRU KAMALA REGA イルスットル カマラ レッカ”が彼女の親指の指紋の形状名である。
そこには2つの刻印がなされている。
それは彼女がよき家族に属していることの証である。
彼女はタミール暦の SUBAKRUTU の年、MAASI の月(2月15日〜3月14日のあいだ)、水曜日、1日(タミール暦)、HASTHAM の星のもと、魚座のとき、月が乙女座に、金星は射手座に、ケートゥ・土星・水星が山羊座に、火星とラフーは蟹座に、太陽と木星は水瓶座に位置するとき、両親の第1子として生を受けた。
彼女は勤勉で、慎み深く、寛大で、信心深く、聡明で明るく幸福な未来を享受する幸運さを備えている。

彼女の両親は健在であるが、現在、彼女は彼等と共に暮らしてはいない。
彼女の父親は2度結婚しており、彼女は父親の1番目の妻の子供である。
彼女は一般的な教育を受けている(4年制大学を卒業していない、または学位を取得していない)。
現在、彼女は無職であり、仕事もビジネスも行っていない。
彼女には一人の兄弟と一人の姉妹がいる(父親の2番目の妻とのあいだにできた子供)。
彼女は結婚しており、夫は健在である。
彼女には一人息子がおり、学校に通っている。
彼女の夫は出版社(私企業)に勤めている。

彼女はしばしば結婚生活において、夫とのあいだの考え方や意見の相違により、様々な問題に苦しめられてきた。
その不調和な関係により、時折、別れを経験した(別居・家出等)。
彼女の母親は脳の血管の異常、もしくは脳内の潜行性の問題・疾患により入院している。
彼女は ○○ ○○○ という名の霊的導師の熱心な帰依者として、将来、霊性向上を得るだろう。

現在、彼女は精神的ストレス、緊張、鬱状態に苦しめられている。
過度の緊張からなる問題が、時折多くの問題を引き起こし、彼女自身“何をしているのか?何を言っているのか?”自覚できないときがある(正常な精神状態を失う)。
時折、ちょっとしたことで理由もなく、怒りがこみ上げるときがある。
彼女に代わって ○○○ がこの聖なる予言を彼女が44歳に近い頃、木星が天秤座に土星が蟹座に位置するとき目にするであろう。

彼女は _________ である。
彼女の両親は ________ と 
_________ である。
彼女の夫の名は ________ である。

彼女の未来は明るく発展的である。
しかし過去世からなるカルマと彼女のホロスコープに見られる惑星の不利な座相により、彼女は様々な問題、結婚生活における苦境やトラブルに見舞われるだろう。

彼女が自制を失わないように努めても、抑えきれずに感情が爆発し、他者を傷つけ、さらには自らの健康をも損なう結果ともなっている。
彼女が感情を抑制しようとする試みは失敗し、“口が災いのもと”となるだろう。
失望・落胆から、彼女は軽率な決断を下し、それはトラブルと苦境に彼女を追い込むだろう。
ストレスこそが、彼女が結婚生活において得るあらゆる問題の原因である。
時折彼女はめまいのような感覚と鬱的症状に襲われ、誠実な妻または母として、夫と息子に貢献し尽くすことがためらわれている。
彼女に近しい者(友人・仲間・同僚等)の企みにより、彼女は悪名、不名誉、恥辱にさらされるだろう。
邪悪な眼差し、悪意ある人の嫉妬と妬みにより、絶え間なく数々の問題が彼女に降りかかるだろう。

借金、訴訟、その他の問題が深刻な精神的苦痛をもたらすだろう。
彼女の息子は勉学において集中を失い、彼女は息子の将来を心配し、時折、悲しみに暮れるだろう。

もう一人の子供を授かるうえで、彼女は困難に見舞われ、時折、夫との永遠の別れ(離婚)を考えるだろう。
彼女の母親は深刻な健康上の問題により、生命の危機にさらされるだろう。
損失、不必要な出費・浪費が、将来、彼女の夫を大いに苦しめるだろう。
これらの問題を最小限に抑えるため、彼女は第13・14章からなる救済法を適切に処方せねばならない。
救済法を正しく処方することにより、彼女は想いや望みをひとつずつ叶え満たされていくだろう。
彼女の霊的導師、両親、その他目上の者からえる純粋な祝福・恩寵は、彼女が心の平安を維持する上での助けとなるだろう。
そして徐々にではあるが、精神的なストレスから開放されていくだろう。
彼女の霊的導師から学ぶ霊的訓練は、心の平安を維持する上での大きな助けとなるだろう。

彼女の霊的導師は、彼女のすべての問題をあらゆる角度から明確に自覚するよう導くだろう。
その導きは“彼女が過去(過去の一点)において、いかに軽率で愚かであったか・・”ということを彼女に深く自覚させるだろう。
その自覚・認識は彼女に明晰さをもたらし(精神がクリアになる)、彼女が霊的導師から得る更なる教えは、自らの“本当の人生”の展望を明らかにさせるだろう。

彼女の霊的導師は過去(もしくは過去世)において以下に示される教えを一度説いているが、今一度、彼女のためにその教えをここに示すこととしよう。

人生は、はかなく短いものであり、この地上は舞台であり、我々は俳優なのである。
我々は神の望みを満たすために、与えられた役割を誠実に演じなければならない。
誰もが役割を与えられているのである(そう自覚していない者もいるが・・)。
人生は“薔薇のベッド”のように心地がよいだけのものではない・・。
薔薇には棘があるのだ・・。それを忘れてはならない。
薔薇は最高のものであるが、棘により守られているのだ。
ゆえに薔薇を摘むとき、我々は注意深く慎重にそれを行うが、時折、その茎にある棘に我々は傷つけられるだろう。
我々の人生は大きな喜びで満ちているが、その喜びを得るには痛みを経験せねばならず、その痛みや苦痛に耐えねばならない。
男と女は“苦い経験”さえも“甘い経験”に転換させる能力を神より与えられているのだ。

我々の血族・知り合いのために、我々は何かを犠牲にせねばならず、また彼等も我々同様に何かを犠牲にするであろう。
その場しのぎの返答では、人々が親愛なる関係性を維持する助けとはならないだろう。

“ただ生きるために・・”に我々に生命が与えられているのであり、我々は人生から逃げることはできないのである。
我々が、苦痛や問題から逃れたいとき、その問題と苦痛は我々を追いかけ始めるだろう。しかし、その問題・苦痛に真正面から向かい対峙することで、その問題や苦痛は消え去るのである。
社交性、合意、真心は人生の重要な軸であり、その軸を中心に我々の人生は展開していくのである。
降りかかってくる“ひとつの損失”を心配するとき、我々は多くの成功や利益を忘れてしまう。
“我々は失うことで、より多くを得ることがあるのだ。”

ゆえに、親愛なる関係性を維持することにおいて、時折我々が経験する苦い経験により、多くの甘い経験が積み重ねられてきたことを忘れてしまうのだ。
29日間のすべてにおいて最愛の者に愛されてきた・・。
しかし30日目に愛されなかったとき、これまでの幸福だった29日間は忘れ去られ、愛されずにいたたった1日を苦しみ、その苦しみと苦痛に捕らわれてしまうのだ。

もし彼女(○○○)が、彼女の霊的導師が説いたこの真実を理解し認識するのならば、彼女は人生において薔薇が咲き乱れるように更なる繁栄を得ることができるだろう。

そして彼女が得ている苦痛“棘”は人生においてわずかでささいなものであり、一方では数えきれないほどの薔薇“幸福”がそこにあったことを彼女は気づくことだろう。
わずかで小さな問題が神より人々の人生に与えられており、お互いの関係性を壊すためではなく、ただ固い絆を結ぶためだけに、そのわずかで小さな問題があるのだということを忘れてはならない。
無条件の愛は、湾曲してしまった心をも治癒することのできる薬である。
たとえ時折彼女(○○○)が辛辣な言葉や不快な出来事(彼女の親戚らから等の)に傷つけられたとしても、傷つく必要はなく、彼女のあふれるような愛によって彼等を癒さねばならない(攻撃をする者は傷ついているのだ)。
もし彼女が寛大ならば、誰も彼女を傷つけることはできないだろう(寛大さを忘れないように・・・)。

過去世の善行と悪行をもとに、神は今生においてそれぞれの人生に喜びと悲しみを与えられるのだ。
我々は“幸福”は喜んで受け入れるが、対局にある“悲しみ・苦痛”を受け入れようとはしない。
何故なのか? “昼”があるならば、“夜”がなければならない。
このサイクルは必須で、それを回避することはできない。
彼女が霊的導師から得る、霊的訓練、教えと恵みは、彼女が結婚生活において抱える問題を最小限に抑えるだろう。

この期間、彼女が心の平静・平安を維持するために瞑想が必要であろう。
肉体と精神はべつものである。
しかし肉体が冒されるとき、精神も影響を受けてしまうのである。
そして精神が冒されたとき、肉体は影響を受けるのである。
それゆえ、肉体的にも精神的にも、平安と幸福を維持することが、人生において必要なのである。

彼女が霊的導師から学ぶ、瞑想のテクニックと霊的訓練は、彼女があらゆる問題を克服する大きな助けとなり、彼女のストレスを取り除かせるだろう。
彼女の完全な愛を通して、彼女は夫と皆を振り向かせるだろう。
世界は無条件の愛を通してだけ得ることができるのだ。
熱い太陽の下のしずくのように、彼女の結婚生活において起こった問題はすぐに消えるだろう。
しかしそれには、彼女の霊的導師の貴重な教えに従わなくてはならない。

彼女は取り囲まれている状況にうまく順応せねばならず、親戚・縁者や特に夫に対して協調性・順応性を持つべきであろう。
彼女が夫に対して無条件の愛を差し向けるとき、何事も不可能ではなくなるだろう。

彼女がシバ神とパールバティ女神から得る祝福は絶えず彼女を守り、そして救済法を処方し彼女の霊的導師の恵みを得ることにより、あらゆる問題を退けることができるだろう。
彼女の神に対する献身、聖なる寺院への訪れ、彼女の霊的導師の名の下に彼女が行う人々への奉仕と貢献は、彼女に心の平安とその他の繁栄をもたらすだろう。
彼女の夫はとても優しく愛情深くあるだろう。
彼女は夫とともに、将来、好ましい場所に新たな財産・不動産を得ることにより社会的にも経済的にも地位を向上させるだろう。

しかし45−47歳のあいだ、夫との離婚・別居の可能性が見られるので、彼女は忍耐強さと聡明さから、これらの危機を回避せねばならない。
なぜなら“別れ”は痛みを伴うものであり、“手を取り合う”ことは喜びであるからである。
救済法の効力と彼女の霊的導師の導きによる寺院への訪れは、まもなく彼女の身に降りかかるであろう別れを回避する大きな助けとなるだろう。

この夫と妻の関係性(不調和な)は、過去世から持ち越されているものである。 
彼(○○○)は過去世においても彼女(○○○)の夫であった。
あふれるような愛情を彼女は過去世において夫から得て幸福であった。

ゆえに今生においても再び彼が夫となるよう、彼女はシバ神に願ったのである。
その祈りの影響により、今生においても彼(○○○)を夫として得ることができたのである。
彼女はこの隠された真実を認識せねばならず、その認識は夫に対して協調性を持つ(夫に合わせられる)大きな助けとなるだろう。
彼女は自らの収入源を得るだろう。
そしてこの時期、夫は彼女に対して優しく助けとなるだろう。

彼女は夫と息子とともに幸福と喜びに満ちたときを歩むだろう。
もう一人の子供を授かる可能性が幾分かあるだろう。
これは可能性であり、もし彼女が望むならば・・・という点に依存されるだろう。
よき健康と十分な収入を維持しながら、彼女はあらゆる快適さと豊かさを楽しむだろう。
彼女の両親、兄弟姉妹、夫と息子との関係性は親愛なるものとなるだろう。
彼女の霊的導師は最善の教えを彼女に説き、彼女(○○○)が自らの経験を通して、人々の結婚生活における問題を解決するよう導くだろう。
彼女の霊的導師の導きを得て、彼女はある霊的訓練を行い、心の平安とその他の繁栄を維持するだろう。

しかし48、49歳のあいだ、手術に苦しめられるだろう。
信頼している人に裏切られる可能性があるだろう。
借金、ローン、訴訟、両親の危機、夫と息子が被る事故により、彼女は緊張と出費がもたらされるだろう。
これらの問題を救済法の助けを得て最小限に抑えながら、彼女は仕事・キャリアにおいて役割を立派に果たすだろう。

50、51歳のあいだ、彼女は霊的導師の導きのもと、人々への仕事・奉仕を通して、より人気を博しながらあらゆる幸福と繁栄を楽しむだろう。

彼女の霊的導師のスピリチュアル・サービス・センターにおいて、彼女は責任ある役割を担いながら、貧しき者、孤児、病気の者、失望する者を助けるだろう。

52、53歳のあいだ、彼女の霊的導師の名のもと、年上の者・上級者そして公的機関の役人の協力を得ながら、彼女は奉仕・仕事を様々な海外・人々に拡大させていくだろう。
彼女の指導の下、多くの霊的探求者が彼女と共に、彼女の霊的導師が説く教義・思想の重要さを広めるため、働き奉仕するだろう。
彼女の満足がいくことに、彼女の息子は勉学において更なる発展を得るだろう。
彼女は息子が立派に成長するよう正しく導くだろう。

54、55歳のあいだ、彼女の夫も彼の霊的導師の導きのもとで行う奉仕・仕事において輝きを放ち、彼の霊的導師が(その教義や思想が)正しく人々に理解されるよう、霊的な本・雑誌の出版を始めるだろう。
彼女の夫が出版するそれらの本・雑誌の著作権・印税は、息子の後半生・晩年においても彼の息子を助けるだろう。
彼女は夫に対して惜しみない協力を捧げ、夫は彼女を深く愛するだろう。

56、57、58歳のあいだ、彼女は夫とともに誠実さと勤勉さにより、好ましい場所に新しい財産・不動産を得るだろう。
彼女が霊的導師の導きの元に行う奉仕・仕事とは別に、夫が関わるビジネスにおいて積極的な役割を担うだろう。

彼女の霊的導師・グルに対する篤い献身は、全能なる神の祝福を得る導きとなり、彼女自身の幸運さが味方し、彼女の夫は物質的・霊的その両面の人生においてよき転機を迎えるだろう。

彼女の計画通り、彼女は霊的探求・人生において輝きを放ち、皆の尊敬を集めながら、彼女は夫とともにビジネスにおいてより成功するだろう。

しかし59、60歳のあいだ、彼女は神経系の疾患、呼吸器系のトラブル、熱によるトラブル、偏頭痛、借金、訴訟、その他の問題に悩まされるだろう。

これらの問題を最小限に抑えるため、彼女は救済法を正しく処方するとともに医者に従った治療・治癒を受けねばならない。

彼女の霊的導師は、彼女があらゆる問題から未然に身を守れるよう、適切に指導するだろう。
彼女の霊的導師の導きのもと、多くの聖なる寺院や聖地を霊的な国において訪れるだろう。
多くの霊的経験をそこにおいて積み、彼女は霊的英知を研ぎ澄ますだろう。

61、62歳のあいだ、好ましい場所に商業用資産(賃貸用建物)を得て、社会的地位を向上させるだろう。

63、64歳のあいだ、彼女の霊的導師のスピリチュアル・サービス・センターにおいて、とても重要な責任ある役割を得て、霊的探求者に対して無私なる奉仕と貢献を継続するだろう。

彼女の霊的導師の価値ある教えを彼女は聞き入れ、彼女の霊的導師の慈悲深い教えをその執筆(聖典)から読み解き、彼女は完全に霊的となり永遠なる喜びと平安を65、66歳のあいだ、楽しむだろう。

彼女の霊的導師の名のもとに彼女が行う孤児や老人に行う奉仕は、人々の記憶に残ることとなり、彼女が期待する以上に霊的探求・人生において頂点を極めることだろう。

66、67歳のあいだ、彼女が商業用資産(賃貸用建物)から得る十分な収入は、彼女の霊的探求・人生を容易にするだろう。
彼女の息子は、仕事・キャリアにおいてより成功し、息子と孫を通して、大きな喜びを得るだろう。

69、70才のあいだ、彼女の霊的導師は彼女が人々に最善を尽くせるよう指導するだろう。

71、72歳のあいだ、彼女の霊的導師の導きのもと、彼女はグループのリーダーとなり、彼女の霊的導師の名のもとにグループが人々に貢献できるよう指導するだろう。

73、74、75歳のあいだ、助けを必要とする者・霊的探求者らに奉仕と貢献を継続させながら、充実感に満たされるだろう。

76、77、78歳のあいだ、彼女は超越瞑想に従事し、自らに課せられた義務・責務を成功裏に果たしながら、彼女は究極を得るだろう(頂点を極めるだろう)。

79、80歳のあいだ、より責任ある強力な権威となりながら、彼女の霊的導師の名のもとに、皆を指導し導くだろう。

彼女は89歳まで、霊的な奉仕と貢献を続けるだろう。

89歳のとき、VAIKASI の月(4月15日〜5月14日のあいだ)、スピリチュアル・サービス・センターにおいて、CHITRAI の星のもと、新月から4日目の木曜日、夜明けのころ、彼女はとても穏やかにこの世に別れを告げるだろう。

3 と 5 がラッキーナンバー。
トパーズとエメラルドが幸運な石。
深緑と金色の組み合わせの服を着るとよいだろう(または所有するとよいだろう)。
月曜日と水曜日が幸運な日。
太陽と彼女の霊的導師を献身的に拝することにより、あらゆる幸運と繁栄を手にすることができるだろう。
彼女の霊的導師は、彼女が最終的に輪廻転生の輪から解き放たれて解脱を得られるよう導くだろう。
彼女の夫は、生涯を通して優しく愛情深くあるだろう。

更なる詳細を知るには、他の章すべてを参照すればよいだろう。
すべての幸運と繁栄を得るため、できるだけ早く救済法を処方したほうがよいだろう。

SUBAM


シバ・アガスティア検索携帯版 です
http://www.bluetrek.org/m

       

DOCOMO携帯用       SOFTBANK&AU

NEW!!
2006年3月28日
に検索した私自身のアディ・シュクシュマ・プラシュナ・カンダム(通常のプラシュナより詳細なものでシヴァサミー自身が読みます)の音声ファイルです。
英語のみですがお聞きください


その和訳した文書です(PDF)

 

アガスティア・シバの葉 申込書(DOCファイル)
アガスティア・シバの葉 申込書(PDFファイル)
(緊急用です。ただいま動作しておりません)
PDFファイルを開けない方はこちらから



 
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