kaito akimoto  
  


 
 
India diary

 

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 2004年8月18日 南インド チェンナイ

オートリキシャーに乗り込み、久しぶりにインドの風に吹かれた

今日までの約5ヶ月間、めまぐるしい日々を送っていた
はじめての出版 「88の祈り」 の原稿との格闘
前回、検索分の回収に関するインドとのやりとり
小学校の検診で突然発覚した娘の心臓のこと
息子の夏休み歩き遍路の準備
様々な事柄に、もみくちゃにされていた
精神的にも肉体的にも追い込まれた日々だった

今回は前回未回収分の回収と
若干名の検索、そしてアートマ・ビシャラナ(死者の魂の書)
の開示とその祈祷をする予定だ
そのほかにも、ガネーシャの葉やその他の
新しい葉も探すことになるかもしれない

実は今回のインド旅はもう一人相棒がいる
Bは、以前私に検索を依頼されたときからの縁だが
彼が学生の頃、今の私の家の近くに
住んでいたことや、「88の祈り」の原稿の締め切り
直前に突然あらわれ、本の出版に力を貸してくれた
縁もあり、今回一緒にインドに来ることになった


話はとぶが、三軒茶屋の近くに不思議な能力を持つ
はんこ屋さんがいる
その人は依頼者が現在使用しているはんこ
を数秒握っただけで、その人の過去や将来
そして、特に先祖のことを手に取るように把握してしまう
能力的には、サイコメトリーの分野になるのだろう

この特殊能力とそのアドバイスの内容の確かさが
うわさを呼び、開店前から行列ができるほどの盛況ぶりである
まるで人気のあるラーメン屋の行列を見ているようだ

私の妻は、このはんこ屋さんに約10年前から
お世話になっている
私は彼女と結婚してからなので
このはんこ屋さんには約4年ほどまえから
お世話になっている
私もそのアドバイスの確かさは身をもって体験済みである

実はきのう、「88の祈り」 の出版関係者
が、このはんこ屋さんを訪れた
以下の会話はそのときの模様である


しばらくハンコウをご覧になってから、
「岡田君(秋元海十)は何してるの?」と。

「はい、海十さんは9月1日に東京書籍から本を出版します。
こういう本を出版するんです」と、
海十さんの表紙を印刷したものを見ていただきました。

「売れますか?」と私。
[う〜ん、よくわからないなぁ。。彼は外国に行くとおもしろいことが起きるんだよね。
日本のことはわからないけれど。。」と。

それから、少し他の話をしていてから、急に
「この本を作るのに、奥さんがいろいろとかかわっているなら、売れるよ」と言われました。
「はい、作る過程でも大いにかかわっていただいて。。」と私。
「奥さんがかかわっているなら、売れるでしょ」と話していました。
また、「88箇所でも色々なエピソードがあったと思うけど、これはというものを生かすように」とも話していました。

それからまた少しして。
「この本、おもしろそうだねぇ。。」と言われたので、
「出来ましたら、私か岡田さんのほうかはわかりませんが、持参しますので」と話しました。
すると、
「サイン付きでね」 と笑って言われました。
「××さんへ と書いてもらいます」と私。

そして、次のことを伝えて下さい、とのことです。

「岡田君(秋元海十)は、外国に行くと不思議なことが起こるからおもしろいんだよなぁ。。
だから、そういうことを本にしていくといいんじゃないの」と。

また
「岡田君(秋元海十)は色々な発想が浮かんだりして、それはそれで良いことなんだけど、
奥さん(おうぐう)が反対することは絶対にしてはダメだよ。すべて相談していくように」と、
強く言っていました。

またおうぐうさんには
「もう少し気楽にしたほうがいいよ」と伝えて下さい、と。
岡田君は気楽にできる面があるんだけど、奥さんのほうは気楽にできないんだよね。
気楽そうに見えても、そうできないんだよなぁ。。」と。
「気楽にできるように、まわりも助けていくようにするといいんだよな」と。

また、
「ふたりとも神秘的だから、見えない世界のことを表現して本にしたらいいよ」というようことを
話されていました。

私が、「今回の本も『見えない世界』が大事なんだとというコンセプトも含んでます」と言うと、
大きく頷かれて、「そう、『無』だからね」と。


私はこの会話の内容をメールで受けとったが、
実に興味深い内容だと感じた
過去の体験からも、このはんこ屋さんの
口にしたことは、実現する可能性が大なので
楽しみである

そういえば、実はこのはんこ屋さんを訪れた
出版関係者というのは、
今年の1月のインド日記で記した Z さんなのだ。
前回のZさんの訪印のとき、プラシュナ・カンダムで
出版(88の祈り)に関することを質問していた
その内容もまた興味深いもので、
いずれ紹介したいと思っているが
「見えない世界」の神秘さは、何度経験しても
不思議なものである

今回のインド旅はどういったテーマが待っているのだろうか

 




  2004年8月19日 チェンナイ〜シバサミーの館


Bさんのアガスティアの葉体験日記です

みなさまこんにちは。
今回海十さんのお手伝いをしているBです。
今日はチェンナイ市内にあるビルクの館を訪れ、検索を体験しました。
検索の内容は、よく知られているように進みました。
3バンダル目を検索していたとき突然、答えがイエスに集中する葉にゆきつき、葉は特定されました。
その瞬間は言葉にするのはむずかしいですが、とてもあざやかで鳥肌が立つようでした。
ナディリーダーの方がにほんごに慣れていないということで検索は難しかったのですが、そこは海十さんの経験がものを言った、という感じでした。
明日はいよいよシバサミーの館での検索です。
またその模様をお伝えできればと思います。
では。

 


 2004年8月20日 シバサミーの館

Bです。 初めてシヴァサミーの館を訪れました。

ここはチェンナイからかなり奥地にはいった田舎です。
うわさどうりアガスティアの葉の村といえるほど館がひしめいています。
そんな中でシバサミーの館は特別めだっているわけではないので、
ここが本家だと知らなければ他の館に入ってしまう可能性があります。
A.Sivasamy と大きく書かれた看板がかかっていました。

建物のなかにはリーディングルームが並んでいて、
コンピュータ(インターネットに接続できる)が入っている部屋もありました。
インドテイストですが近代的なオフィスで、日々業務をこなしてゆくという感じです。
ナディリーダーの机の上には、世界の時間がわかる時計がおいてあったりします。

しかしその業務の内容は驚きです。
大昔の聖者さまが後の世に生きる我々のために残してくれた
古文書を探して解読するというのですから...。
(こういうのって国立の研究所などで専門家が白い手袋をはめてあつかうようなものなのでは?と思えるのですが...) 

しばらくしてわかったことですが、ここはいわば図書館みたいだなと。
貴重な専門書が保管されている書庫には立ち入ることはできませんが、
ナディリーダーという司書さんに頼んで
お目当ての「葉」という資料をとってきてもらい閲覧する。
そんなアッケラカンとした普通さがあり、特に神秘的な感じはしませんでした。
スタッフの方もべつにもったいぶったりせずに、ごく淡々と仕事をされています。
さっぱりしていて、内心ホッとしました。

いちばん奥の壁一面に神様が祀られた部屋に入ると、
お香の煙がたちこめて「献火」の火が燃えていました。
そしてその部屋にいたティルニャーナム氏に検索を依頼することになりました。

指紋を持って葉の保管庫に消えたティル氏が、しばらくしてバンダルをもって帰ってくるとヒモをほどいて古びたヤシの葉の束つかみ、それを額に近づけてしばし祈りを捧げてから検索がはじまりました。

歌をうたうように質問を発しながら検索は進んでいきました。

「たかとし」とか「よしこ」といった日本人名と思われる単語がポンポン飛び出します。どんどん葉はめくられていってやがて、私の名前・生年月日・職業・状況などすべていきなり飛び出して、海十さんは「きたー!」と叫びました。
しかし、なんと両親の名がぜんぜん違ってあえなく葉がめくられてしまいました。
ちょっとまってくれー!今の違うの?という感じです。
こうして1バンダル目が終了してしまいました。
2バンダル目に入りたんたんと検索は進み、中程でいきなり名前が読み上げられ
あとはパタパタっとYesが続いて葉が特定されました。
うわさに聞くとおりのあざやかさです。
私は興奮しましたが、ティルニャーナムさんはフツーに無邪気に笑っています。

あたりまえかもしれませんが、ナディリーダーの方々にとってはこの「葉」という非日常ともいえるほどの現実が、完全に日常でごくあたりまえのことになっているのです。 

<つづく>

 

2004年8月21日 シバサミーの館

20日の日記のつづき

今回、本家と言われるここシヴァサミーの館のナディリーダーの目の前で、海十さんとナディ リーダーの検索のやりとりを多人数分(後日のアートマ・ビシャラナといった特殊な葉の検索過程も含めて)観察することが出来ました。
海十さんの検索のスタイルは、ユーモラスな仕草やジョークを盛んに連発してナディリーダーを爆笑させながら、非常にリラックスした雰囲気で進められます。
顧客ではありますが、同時に冗談を言い合う親しい仲間という感じでもあります。
他の館の様子はわかりませんが、ここのナディリーダーはただ葉に書いてある内容を読んで質問を発するだけです。葉が完璧なので何かを捏造したり、裏で占星術的な計算をしたりといった事は(そういうことをする館もあるらしいと噂を聞きました。)必要ないのです。
葉が出ると、検索過程ではナディリーダーは知りえない個人名などが続出する葉もあります。

依頼者にずばり対応する葉を見つけ出すために、彼らはただ葉に書かれていることを読んで淡々と質問を繰り返すだけというのが葉の検索に関しての私の結論です。

 

2004年8月22日 シバサミーの館

( B.記 )

アートマ・ビシャラナ(死者の魂の書)の検索は難しい
シヴァサミーの館でもナディ リーダーの責任者をつとめる
カルティック氏のみがこの特殊な葉を担当しているのだという

この葉の検索には、複雑な家系図を紙に書き出して臨んだ
この依頼者の方のケースでは、20数年前に亡くなられたおばあさんの
魂の救済をするということなので、おばあさんのご両親・おばあさんの兄弟構成
・子供の数やその名前・孫(依頼者)の名前や仕事の種類・等々

といった四世代にわたる家族の構成者の膨大な情報が必要になった
そのため検索を進めるなかで、質問の答えがわからないという状況が頻発する

検索を始めるときに、あらかじめ日本にいる依頼者の方に待機してもらっておいて
海十さんはわからないことが出てくると、その都度国際電話を入れる
日本でも電話の嵐になっているでしょう
というたいへんな騒ぎだった

これらのすべての情報が一致する葉を捜すというのが、この葉の検索なのだ

明日の日記に今回探し出された、実際のアートマ・ビシャラナの葉の内容を
かいつまんでご紹介します

 

2004年8月23日 シバサミーの館

( B記 )

死者の魂の書(アートマ・ビシャラナ)

新月の後、○○○○の時に、彼女がこの世を去ったのは自然死によるものである

医療を受けつつ亡くなった   それが、彼女の定められた運命の時だった

彼女はこの宇宙の法則にのっとり、死を迎えたのだ

現在、彼女の魂は輪廻のサイクルよりはずれてしまっている

しかし、本来なら輪廻転生しなければならない運命にあった

この問題ある状態になっている原因は

彼女は神に敬意を払わず  聖なる寺を訪れず  貧しい人や、助けを必要としている人に

助けの手を差し伸べなかった為である

彼女は霊的義務を遂行しなかった   霊的義務を完全にほどこさなかった

三次元的(物質的)なことには気が向かっていたが  霊的なこと対してはそうではなかった

本来なら死んで輪廻転生の輪に組み入れられるところが 物質的だったため

そのサイクルから外れてしまった 晩年になってすら三次元的なことのみにとらわれていた為

そのサイクルから外れてしまった 魂はあちらこちらにさまよってしまっている

だれにも生まれ変わっていない この魂は光の側にも闇の側にも属しておらず

中間をさまよっている その為 現世に生きる家族に悪影響が及んでいるはずだ

この葉の開示を求めた人のうえに 特に人生の問題が生じているだろう

結婚における障害 仕事における障害 人生全般の障害にいたるまで

様々な悪影響が出ているだろう

もし孫(開示を求めた人)がアートマ・シャンティを行うならば

そのことにより 彼女の魂を輪廻転生の輪にもどすだろう

彼女の魂は天国で幸せになるだろう

彼女は孫に祝福をもたらすだろう

孫の状態は改善し 人生が順調になるだろう

          Subam

(ここでご紹介したのは葉が特定された直後に翻訳者マニ氏にざっと内容を
説明してもらったのを書き留めたものです。この葉の詳細を忠実に
再現したものではありません)

 

2004年8月24日 13章 過去生のカルマからの救済巡礼

( B.記 )

本日より、いよいよ巡礼開始です
朝7時50分宿を出発
(メンバー 海十さん・ダム ダールさん・ラトラ クマールさん・Bの4名)
道中はのどかな田園風景が広がっていた
人々の素朴な暮らしぶりがみられた かつては日本の田舎もこんなだったろうと思う
一番目の寺に約2時間後に到着

Alangudi
 
木星神で有名なこの寺には二人の依頼者の方が当たっている
祈祷の内容はガーシャ神・パールバティ神・シヴァ神、そして木星神に
アルチャナ(献火)を捧げるというもの

寺に足を踏み入れると薄暗い堂内に様々な神像が祀られていた
それぞれの神の前で人々は熱心に祈りを捧げている
彼らの目の前には、まさに生きた神がいるのだ

少々の事務手続きを終えると、われわれの祈祷が始まった

門前で購入した供物をスワミ(僧侶)にお渡しするときに
供物に手を添えて祈祷主(依頼者)の名を申し出る
それが神に供えられ、経文に名が読み込まれる
ご神体の目の前で火がはげしくまわされる

海十さんは、依頼者の方の資料を
アルチャナ(献火)の火にかざして目をつむり祈っている
ヴィブーティ(礼拝のための神聖な灰)を資料に擦り付ける

病気・困難で停滞した仕事・結婚における障害・苦しい夫婦関係・
グルにめぐり合えないという渇望

身動きがとれずどうしょうもない状況を なんとかしたい・前向きに努力したいのにそれが実を結ばない・なぜさんざんな事ばかりおこるのか・等
胸が苦しくなるほど、依頼者の方の状況はたいてい重く 苦しいのだ

神に捧げられるアルチャナ(献火)の火を見つめて
目に見えない世界からのご慈悲を願い 念じた

Thingalur

月の神にアビシェーカムを捧げる
(ご神体に、ココナッツ、ミルク、果物、花、ヴィブーティなどを振りかけ経文を唱え礼拝する)

  
Thirurageshwaram

惑星の神 ラーフにアビシェーカムを捧げる


Thiruvidaimardur


シヴァ神とパールバティ女神にアルチャナ(献火)を捧げる


Thirumananjerry

シヴァ神とパールバティ女神にアルチャナ(献火)を捧げる

 

2004年8月25日 13章 過去生のカルマからの救済巡礼 2日目

本日は午前中は館にて仕事をし、午後から巡礼に出た

Thiruvidaikali

スブラマニア神 ・シヴァ神 ・パールヴァティ女神にアルチャナ(献火)を捧げる

うだるような暑さの中宿をでて、寺に着いた時は午後5時くらいだった
夕方の静かな時間で人も少なく境内は静寂だった
ときどき涼しい風が吹いて 安らぎを感じた

この寺の主神スブラマニア神にアルチャナの火が捧げられる
スワミの読経の声が朗々と響きわたる
薄暗い堂内にアルチャナの火が輝いている

神の前で火がまわされるその瞬間には心が震えた

この体この存在が導管になって
祝福の火が依頼者に流れますように
並びにすべての存在にも流れますように

皆で祈り念じた

つづいてシヴァ神 ・パールヴァティ女神にもアルチャナが捧げられた


( B.記 )

 


2004年8月26日 13章 過去生のカルマからの救済巡礼 3日目

(海十記)

アートマ・シャンティ・プージャは13章の救済法の巡礼とは少々違う
すでにこの世を去り、輪廻転生の輪に入ることなく
あの世のあちらこちらを彷徨っている魂をその仕組みの
中に戻す儀式を行う過程は入り組んでいる

大概は葉の中に家族の関係者がアートマ・シャンティ・プージャ
を行うように 記されている
それをその家族のものにとって代わって行う場合、
多少の手続きが必要となる

朝4時に起床し、その依頼者に電話をかける
昨晩、儀式を代わって行うために依頼者に読み上げて
もらうためのタミール語の原稿をFAXで送っていた
この行程を経ないと家族以外のものが
儀式をおこなってはいけないらしい
国際電話で電話の向こうで私に儀式を託すことの依頼文
を読み上げてもらう

そして今日のアートマ・シャンティ・プージャで
いつもと違うところは海辺で行うことである
私の経験上葉の中にはたいてい、お寺が指定されていた
今回はかってが違い海辺で執り行わねばならない・・・、
そして灯火を夜中まで灯すこと・・・、
との葉の中の指定だった

迎えが朝5時半に来ることになっていたが
実際には1時間遅れで現れた
遅れたそぶりもない
車は THIRUVENKADU に向かった
ここで、僧侶を一人乗せていくようだ
この儀式・祈祷は対象が亡くなっている方・魂
のため、神々への祈祷とは異なり、人間への影響・作用
が強いとのことだった
その魂の悪い部分の影響を受けやすいとのことだった

このためこの祈祷を代行する者、そして僧侶は
できれば両親を亡くしているものか
その片方を亡くしているものが
望ましいとのことだった
そうでなければ、その悪影響を家族のものまで受けてしまう、
とのことだった
THIRUVENKADU で合流した、この儀式を行う僧侶は
片親を亡くしていた

葉の中に指定された 9人の僧侶へのギフト
そして祈祷に用いられる様々なものを積んで車は海に向かった

車は30分ほど走り、海辺についた
だたっ広い砂浜が広がっている
海から約300mほど離れた場所に儀式の準備が始められた
驚いたことに炎天下の直射日光の下、祈祷を行うようだった

僧侶に海に入り身を清め、バケツ一杯の水をとってくるように言われた
海に入り、天に向かってこれから祈祷を行う旨を
依頼者の祖母に向かって告げる

祈祷の用意の整った場所に戻り僧侶にバケツの水を託した
私は僧侶の真正面に座った

依頼者の祖母の名が私から僧侶に告げられ祈祷は始まった
様々なマントラが唱えられ、僧侶は手を不思議なかたちに
組み替えていく
Bはその様子を逃すまいとビデオに撮影する

祈祷の最中、
「なぜ、海辺で執り行うのか?」
と聞いてみる
「この魂は亡くなってから10年以上たっている
そのような多くの魂は海辺を彷徨っているのだ」
というのが答えだった

直射日光を浴びながらの祈祷は進んでいった
そのほとんどの行程は僧侶自身が延々とマントラを唱え
供物を作り、火を焚き、献火するといった手順で進んでいった

たまに私も声をかけられ
その一端を担わされた
横にいたカルティックに
私は両親ともに存命であるがこの祈祷に
携わって問題がないのか、聞いてみる
彼の話では、祈祷はこの僧侶が全責任を担って
行うので心配ないとのことだった

インドにおいて多くの儀式に携わってきたが
見たこともないような形態の事柄が目の前で
次々に進んでいく
そのたびにどういったことを意図してのか
聞きたい衝動に駆られるのだが
僧侶の真剣さに押されて聞くことができない
ただ黙ってその進行を見守り
その魂が天に還るように祈った

祈祷は小さな護摩焚きまでもが行われ
その護摩焚きと
亡き祖母をわらでかたちどった人形が
細い糸でつながれた
それはまるでこの世とあの世を結んでいるかのようだった
そしてそれは魂を戻すべきところに還すことを
あらわしていることが見て取れた

私に米が握らされた
祖母のことを想い、米をその糸の上に這わせるように
まくように言われた
その行為は震えがくるほどのものだった
この儀式ひとつひとつに深い意味があるのだ
土着信仰のにおいをも感じさせるその祈祷は
力強いものだった

そして僧侶の一切の手抜きのない
祈祷に感動を覚えた
祈祷は約2時間半にもわたって続いた
潮にさらされ、陽に照らされた皮膚は赤黒くやけていた

最後に祖母とその4代前までさかのぼって
魂を供養するための供物がバナナの葉の上に並べられた
最後のマントラが唱えられ
その供物を海に還し、祈りを捧げるよう
僧侶にいわれた

バナナの葉の上の供物を落とさぬよう
注意しながら約300先の海に向かって
砂浜の上を歩き始めた

砂の上は祈祷の2時間半の間に
40度近い温度の直射日光を受け
火にかけられたフライパンのように熱くなっていた
やわな足の裏が焼けだした
本当に焼けどになっていくようだった
逃げ場はない
海に向かって全速力で両手で供物を抱え
走り出した
しかし永遠と砂浜は続いている
もう走ることもできない

耐えられなくなり
砂浜に尻をつき、足の裏を砂浜からはなす
そうしているうちに今度は尻がやけだした

たまらずまた海に向かって走り出す
そんなことを3回も繰り返した
ようやく波打ち際に着いた時には
足の裏には水ぶくれができていた
砂浜に足を焼かれてしまった

気をとりなおし
静かに海に入っていく
僧侶に言われたように
すべてのものに祈りと感謝を捧げた
そして供物を海に還し手をあわせた

インドで多くの祈祷に携わってきたが
これほど美しく霊気に満ちた祈祷ははじめてであった
それはやはり若き僧侶の神や魂に対する
尊敬の顕れのような気がした
炎天下の中にもかかわらず
一切の妥協や手抜きは感じられず
まことに真心のこもったものだった
これで魂が輪廻転生の輪に還らなければ
おかしい、と思えるほどであった

祈祷を終え、僧侶の寺へとかえる車の中
かれは突然振り向き私にこう言った
「私はこの今日の祈祷に少しの遅刻をしました
そして長時間の祈祷にもかかわらず
誠実な態度で、じっと祈祷を見守ってくれて
ありがとう
本当に感謝しています」

感謝したいのは、こちらだった
それほどすばらしい、魂のこもった
祈祷を執り行ってくれたのは
この僧侶がはじめてといっても過言ではなかった

この祈祷に立ち会えたことは生涯
私の心に残ることだろう
そしてまた機会さえあれば
この僧侶に祈祷を執り行ってもらいたいとの
思いを抱いているのは言うまでもない

この祖母の魂が天にもどった
ことに確信を抱きホテルにもどった




( B.記 )

午後から巡礼に出ました

Swamimalai

スブラマニア 神にアビシェーカムを捧げ

シヴァ神 ・パールヴァティ女神・ガーシャ神にアルチャナを捧げる

壮麗な大寺院
主神スブラマニア 神への大掛かりなアビシェーカム
スブラマニア 神のダルシャンに
熱狂する人々
頭上からヴィブーティがふりかけられた

Suriyanarkoil

ガーシャ神・パールバティ神・シヴァ神にアルチャナを捧げ

9つの惑星の神それぞれにアルチャナを捧げる

太陽神スーリヤが主神の寺
太陽神を中心に各惑星神の社?がそれを取り囲んでいる

体の大きなスワミの主宰のもと
すべての神々にディーパム(灯明)を供え
すべての神々の前でアルチャナを捧げてまわった

終了の後、お堂の周囲をぐるぐる歩いた

 

2004年8月27日 13章 過去生のカルマからの救済巡礼 4日目

(海十記)

巡礼したお寺
THIRUKADAIYUR
MANGAIMADAM
THIRUVENKADU
THIRUNANGUR


朝7時起床
Bが打ち込んだ日記をアップしようとし、ネットに接続するが
回線状況が悪くアップできない
そうこうしているうちに、巡礼のパートナー、運転手ラトラクマールと
ナディリーダー・ダムダールが現れた
遅刻をしているにもかかわらず 悪びれもせず、
「スワミ、急がないと遅刻です・・・」
といっている
そっちが1時間も遅刻しているのだ
だが、これもいつものことなのでなれっこである

約2時間かけて THIRUNALLAR へ
しかし特別なプージャの期間らしく
13章で指定されている祈祷・アビシェーカムを受けられない
運転手ラトラクマールはそのことに
えらく腹を立てている

THIRUNALLAR をあきらめ、THIRUKADAIYUR へ向かう
このお寺で指定されているアビシェーカムまで1時間ほど
時間が空いたため昼寝を車中でする
外は異常に暑い
おそらく40度は超えているだろう
日陰にいなくてはひからびてしまいそうだ
暑さと連日の睡眠不足のため
まっさかさまに眠りに落ちる
昨日も朝4時から夜10時ごろまで巡礼していた
その後もネットの更新作業やメールの送信
様々な整理が待っていた

12時過ぎから THIRUKADAIYUR でアビシェーカムを受ける
この寺はとくに高齢の方に人気があるようで
金婚式、銀婚式らしきお祝いで多くの高齢の方を見かけた
きけば、特に中年以降の活躍や繁栄にご利益のあるお寺らしい

その後、一旦シバサミーの館へもどる
昨日のアートマ・シャンティ・プージャ(魂を輪廻転生の輪に戻し救済する)
のもうひとつのプログラム
GOPURA DEEPAM(ゴプラ・ディーパム)の準備を
行うためだ
この儀式は、VAITHISWARANKOIL の寺の塔のてっぺん
2ヶ所に灯火を行うというものである
そのため、オイル10リットル、灯火線のためのコットン2メートル
塔に登る職人の手配(塔の高さは数十メートルにもなる)
などをカルティックの指揮のもとすませた

灯火は今日の午後3時から真夜中まで続けられるとのことだった
これにより、魂が輪廻転生の輪に戻されるのだ

準備をすませたあと、館へ
翻訳者マニが前回依頼分の英訳を
進めているかどうかの確認を行う
どうも最近マニの調子がおかしい
体調もあまり優れないようで顔色が悪い
以前より明るさも失っているようだ

カルティックの家で食事をしたあと
休むまもなく
MANGAIMADAM へ
サガストラーナム・アルチャナ(マントラを1008回
唱えてもらうアルチャナ)を受ける

その後、THIRUVENKADU へ
たまたま ディーパ・プージャ(女神のプージャ)
というものが行われており境内では女性だけが
200人ばかり整然とならび
スワミのマントラの吟唱にあわせて
200人の女性がいっせいにマントラを唱えて
ビブーティを供物にかけていた
その響きとエネルギーは荘厳としか言い表しよう
がないほど、 すばらしいものだった
その寺の権威ある僧侶に許可をもらい
その様子を特別に撮影させてもらう

このお寺の祈祷を13章で指定された女性も
ひじょうに霊的な方なので
そこにも偶然ではない導きのようなものを感じた
このディーパ・プージャを見れたこと
そして同時に依頼者の祈祷をこの寺で行えたことは
幸せなことだった

時刻はすでに午後8時をまわっていた
最後の寺 THIRUNANGUR へ向かう
8時半には到着していたが
9時過ぎまで待たされた
この寺は私のお気に入りのお寺のひとつである

小さな農村のなかにある本当に小さなお寺だ
訪れる人がいるのか?と感じてしまうほどだ
しかしこの寺の主神として祀られているガネーシャ神は
地中から自然と浮かび上がってきたものだという

それゆえ、他の寺のガネーシャ像と違い
とても影響があるのだという
昼間の暑さとはうって変わり
心地よい風と満月に近い月光のなか
アビシェーカムを受けた

ご神体にローズウオーター、ギーオイル、
ターメリック、ミルクなど様々なものを
浴び、最後に着飾られたガネーシャ像
は命を吹き込まれたかのように輝いていた

最後の寺をあとにし、シバサミーの館へ戻った
寺では灯火が行われているはずだった
その寺 VAITHISWARANKOIL に着き
空を見上げた
寺の数十メートルはあろうかと思われる塔の
両側にふたつの火が灯されていた

その火は穏やかにそして確かに燃えていた
昨日の海辺のアートマ・シャンティ・プージャが思いだされた
その魂は確実に還ったとの確信を抱いたが
このゴプラ・ディーパムの灯火もまた、安らぎを見出せるものだった

 

 

2004年8月28日 13章 過去生のカルマからの救済巡礼 5日目

(B記)

巡礼したお寺
THIRUKOLLIKADU
ETDUKUDI
SIKKAL


THIRUKOLLIKADU

シヴァ神・パールバティ女神にアルチャナを捧げ

土星神にアビシェーカムを捧げる

焼け付くような炎天の下
広大な田園地帯のまっただなかにあるこの寺に着いた
田舎のこじんまりとした寺
しかしスワミの様子も寺のたたずまいにも
素朴な暖かさが感じられた
海十さんによると
この寺は地域密着型とのこと
なるほどという感じである

ETDUKUDI

シヴァ神・パールバティ女神にアルチャナを捧げ

スブラマニア神にアビシェーカムを捧げる

スブラマニア神を主神に祀る寺
このスブラマニア神もすごいパワーを感じさせるご神体だった

このスブラマニア神は孔雀のような鳥の上に乗っていて
いくつもの顔が微笑んでいた
しかし手にはするどい槍を持っていた
この槍にいっさいの悪なるものが つらぬかれるように感じた

神の腕のところに供えられたヴィブーティの袋が
終了の後 授けられた
これが依頼者の方のお手元に届くのが待ち遠しくなるほど
みごとな儀式だった

SIKKAL

シヴァ神・パールバティ女神にアビシェーカムを捧げ

スブラマニア神にアルチャナを捧げる

祭りの期間だということで 多くのスワミや補佐の方々が
寺の境内に祀られた おびただしい数の神像に
オイルみたいなものを擦り付けて磨いていた
神像は黒光りして活き活きした感じになっていた
そういう状態だったため 儀式が執り行われるまで
数時間待つことになった

時間は夕方になっていたが昼間の太陽に焼かれた
境内の石畳はまだ熱く そのためか蒸し暑い空気が漂っている
海十さん ダムダールさん ラトラクマールさんは冗談など言い合って
比較的 余裕な感じだったが
私の方はなさけなくグッタリとへたりこんでいた

それにしても現地の方々は寺参りにとても熱心だ 
しかもとても自然な感じなのだ
家族づれや友達同士みたいな感じで
寺にどんどん 訪れては みなさん熱心に礼拝してゆく
小さな子供達までが かわいい声で神の賛歌をうたっている
何か大きなものが生活のなかでしっかりと座をしめている
という感じだ

神々はそのように日々熱心に礼拝されているため
より強力にわれわれの祈りに感応してくださるのではないか?
と思ったりした それほど
インドの神々には活き活きとダイナミックな凄さを感じる

話は飛ぶが
日本にいる海十さんの奥さんの凰宮 天恵さんに
数日前メールでアドバイスをいただいた

巡礼のとき(普段からもそうだが)には「奉仕」「利他」の思いで
ちっぽけな取るに足らない自我やプライドなどはすてさり
「無」となって 神の慈悲が依頼者に届くように「導管」となる
意識が大事 自分のエゴがあってはいけません
という内容だった

儀式のとき 依頼者の方の姿を想像した
神の恩寵がこの体を避雷針として
依頼者の方に流れるように
みずからを器として差し出すよう意識した

このインドでの海十さんのお手伝いの日々は
(手伝いになっているのか疑問ではあるが)
ありがたいことに自分にとっても強烈な修行になっている
(この日記にしても こういうことが苦手なわたしは
海十さんに言われて 修行としてあえて拙いものを書かせてもらっている)

アビシェーカムとアルチャナの儀式を終えて寺を出た時は
日はすでにとっぷり暮れていた 
夜空には満月に近い月が神秘的に輝いていた

本日も3つのお寺に無事巡礼することができた
すべての寺に参り終えるまであと少しだ

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