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2003年2月17日 南インド チェンナイ
真夜中にチェンナイに到着、蒸し暑いが懐かしい思いでいっぱいである。
インドに向けた出発の準備で追われほとんど3日間くらい睡眠がとれなかった
体はぼろぼろである
しかし心はこれから約一ヶ月半にわたって起こるであろう様々な出来事に対して
興奮している

2003年2月17日 チェンナイ〜ポンディッチェリー
昨晩から泊まっているホテルは青山さんに教えていただいたホテルだ
このホテルのチャイニーズレストランは最高にうまかった
青山さんの話は本当だった、このホテルのチャイニーズはおいしい
と聞かされていたが実は多少疑っていた
一口、食べて驚いた、本当にうまい
食事のあと疲れている体を横たえているうちにいつのまにか
寝てしまった
オーロヴィルから呼んだタクシーが遅れている
いつものことなのでこちらものんびりと構える
昨日、今日と問題なくネットに接続できている
5時半頃、ようやくタクシーが到着
既にあたりは暗くなりはじめている
ちょうどチェンナイ市内はラッシュアワーである
相変わらずの排気ガスと騒音
市内を抜ける頃には大きな満月が空に浮かんでいた
8時半頃、オーロヴィルに到着
この理想郷に住むまつもとけんじさんを訪ねる
懐かしい顔である
なにも変わっていない
とは言ってもたったの4ヶ月ぶりである
お互いの近況報告とビールで小声でおおいに盛り上がった
小声でというのは2階の住人が神経質でうるさいため
あまり騒げないのだ
オーロヴィル内はこの時期ハイシーズンで宿がとれず
ポンディッチェリー市内のホテルに移動する
このホテルは以前からよく使っているホテルなので安心だ
ビールで酔っ払ったまま就寝

2003年2月18日 ポンディッチェリー〜オーロヴィル〜ヴァイテェースワランコイル
朝8時起床、徐々に体が回復してきている
朝食をとり、部屋からネット接続をしメールをチェックしたり
書いたりする
昼間オーロヴィルのけんじさん宅を再び訪れ食事をご馳走になる
以前,オーロヴィルで宿泊したセレブレーションへ
YOSHIに久しぶりに会う
皆変わりなしである
23日からの部屋を予約しタクシーに乗り込みシバサミーの館のある村
バイテェースワランコイルに向かう
7時前、なじみのホテル・サダビシェカムに到着
皆、覚えていてくれて大歓迎を受ける
私自身も我が家に帰ってきたかのように、このホテルは心が落ち着く
皆、人懐っこい
一息ついたあとシバサミーの館へ歩いていく
既に7時になっていたためナディリーダーが一人しか残っていなかった
彼も再び私に会えたことを大喜びしている
こちらもうれしい
お互いの近況を簡単な英単語を連発しながら話し合う
明日は休日らしいが、遠路はるばるやってきたということで
検索をしてもらえることになった
いよいよ明日から検索開始、気合を入れるために
ホテルの庭でなわとび30分を行なった
オーロヴィルからの道すがら
車から流れ行く景色をみていた
インドを離れていたのたった4ヶ月間だったが
その4ヶ月、確かな進化がそこにはあった

朝9時に館に到着、懐かしい顔ぶれが揃っている
皆に大歓迎され正直うれしくなる
本当なら休日なのに勢ぞろいである
多少の打ち合わせのあと早速検索を開始する
こちらとしては検索の過程全てをビデオに収めたいのだが
さすがにそうはいかない
はじまってしばらく経つと「もう、いいだろう?」
といった感じでスイッチを止めるように要求される
他人のじょうほうが公開されるのを防ぐためという
言い分ももっともだと思う
しかし私個人としては検索の過程こそ皆さんに見てもらいたいと
いう気持ちがあるので撮っていない振りをしてこっそりと
録画したりもしていた
いきなり名前が一致したり,生まれ年がどんぴしゃででることがある
最高に興奮する一瞬である
その空気をなんとかして感じて欲しい
その場にいても思わず疑ってしまう
のめり込むように検索を続け、昼食も取らずに夜7時まで
作業する
集中力がとうとう途切れてきたので残りは明日以降にすることにする
初日の今日は6人分の葉を探し出した

2003年2月20日 シバサミーの館
8時半に来いというので無理して、早起きをし時間通りに館に向かった
しかし誰も来ていない
結局、ナディは9時半頃、現れた
インドではよくある話だ、別に驚くこともない
ひたすら検索作業に没頭する
一人の検索が終わると次のナディリーダーがバンダルを
抱えて次の検索に移れるように待ち構えている
夢中で作業を続け気が付けば夜の8時だった
6人分の検索が終わった
ホテル・サダビシェカムに戻り、フロントで電話線を借りて
ネット接続を試みるがどうもうまくいかない
ホテルの若いマネージャーと約2時間半
あーでもない、こーでもないとやってみたが
無駄に終わった
その作業で疲れ果てて就寝

今日は昨日のように、待ちぼうけを食らいたくないので
9時に館に入る
館にはネット接続しているパソコンがあるので
交渉して、電話線とプロバイダー番号、ユーザーI/Dとパスワードを貸してもらう
前回は嫌がられたが今回はあっさりOKだった
ネット接続を試みると一発で成功した
気持ちがいい
毎回インドではあの手この手を使って接続を試みる
それはそれで楽しい
メールをチェックしたあと、検索を開始する
順調に数人分の検索を終える
今日の昼食はナディリーダーの自宅で奥さんの手料理を
いただく事になった
バナナの葉に盛られた手料理は本当においしかった
とくに野菜の付け合せが最高だった
どこの国にいっても家庭料理は温かい
以後、検索を夜まで続けた

9時に館に行き、まずネットに接続、メールをチェックしホームページを
更新する
新規で指紋から検索をかけるのは残り2名である
午前中に一名分を終わらせ残り一名を残す事となる
実はこの最後の一人は一番最後に申し込んでくれた方で
私の手元には指紋しかなく検索に必要な情報がなかった
今、滞在しているホテルにファックスかメールで質問事項を
送ってもらうことになっていた
午後からは代行巡礼を行なうためのお寺のリストの作成に入った
継続検索の方と新規検索の方の13章のお寺のリストをこの3日間
のうちにさきに調べてもらい(13章の葉から翻訳する前にお寺の名前
とどの祈祷が必要なのか書き出してもらった)どのお寺に行き
誰がどの祈祷をしてもらうのかを書き出した
巡礼希望者12人で巡礼すべき寺は17箇所
中には何人か重複しているお寺もあればそうでない寺もある
明日の午後からタクシーをチャーターし、ナディリーダー・カルティックの弟に
ガイドをしてもらい巡礼を徐々にスタートさせようと思っている
今回のメインイベントのはじまりだ

新規検索 、最後の一人分の検索をかけに館に赴く
昨晩の夜ようやくファックスで検索に必要な情報が届いた
通信事情がうまくいかず、ずいぶんてこずったがこれで検索を
かけられそうだ
ところが今日は日曜日でインド中から検索希望者が訪れていた
中には外人おそらくヨーロッパ方面からも検索にきていた
館の中は人でごったかえしていた
なかなか作業がすすまず、検索はたびたび中断した
結局、葉が確定されたのは4束目だった
夜7時ようやく、新規検索全員分無事終了した
今回も全員分の葉を見つけることが出来た
一番近くのお寺、VAITHEESWARANKOIL での巡礼を
するという話があったのだが、巡礼は明日の朝7時からスタートしようと
いうことになった
明日は4〜5箇所の寺を巡礼する予定だ
静かに体が興奮している

4時起床、昨日分の日記を書き
巡礼に出かける準備に入る
ホームページ更新の下準備を朝7時までする
運転手とガイド役のダムダールが到着
いよいよ巡礼がスタートした
ダムダールはナディリーダーカルティックの弟である
今回の巡礼のお寺での交渉ごとスケージュールなど
ことがスムースに運ぶよう取り計らって
くれることになっている
一つ目のお寺 MANGAIMADAM に到着
僧侶と私のあいだの交渉をダムダールが取り計らってくれるため
時間の運び方、祈祷代金の交渉など驚くほどスムースだ
2002年2月の巡礼の苦労が嘘のようである
僧侶も間に現地の人間が入っているため
無理な(ぼったくりな)祈祷代は要求してこないようだ
一年前の巡礼ではこの交渉で何度嫌な思いをしただろうか??
午前中には
MANGAIMADAM
THIRUVENGADU
KEELA PERUM PALLAM
ANANAHAMANGALAM
アルチャナ、アビシェーカムともに無事に終える
一旦ホテルに戻り昼食後、館にネット接続に向かう
ホームページの更新とメールのチェック
4時半から再び巡礼へ
SIRKALI
THIRUNALLAR
10時にホテルに戻る
とうとう過労がたたりダウン
インドに来て以来、毎日3時間睡眠で
突っ走ってきた体に無理がきたようだ
カゼ、右目の腫れ、だるさ、動けなくなってしまった
精神力が一瞬途切れた
回復まで休むべきか、続行か?
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