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2006年3月14日 南インド チェンナイ
マレーシアを経由し、インド・チェンナイ空港に降り立ったのは
21時ごろだった
いつもの独特の臭いと蒸し暑さに長旅を経て
インドにたどり着いたことを実感する
いつもなら検索の主な舞台となるヴァイティスワランコイルのタクシーの運転手ラトラが
迎えに来ているのだがその姿はない
通常は彼のタクシーに乗り、検索を行う村まで
そのまま移動するのだが、今回は明日やることが
あり彼を呼んでいないのだ
群がるタクシーの客引きを無視しながら
荷物を乗せたカートを駐車場の方向へ歩いていく
一人の男が「オート?」と声をかけてくる
今日の行き先の宿となる場所のカードを見せ
「いくらだ?」と聞き返す
「250」
「高い。ほかのやつを探すからもういいよ」
と追い払う
オートの運転手は私に追いすがり
「220・・・。200・・」
と値を下げてくる
「OK。200でいいんだな」
と私。交渉成立。
大きな荷物をオート・リキシャーの狭い座席に押し込み
今日の宿に向かった
2006年3月15日 チェンナイ〜シヴァサミーの館
現地時間6時に目が覚めた
まだ疲れが残っている
窓を開け放ち、朝の空気を部屋に入れる
多少の蒸し暑さと、リキシャーの音、朝の生活の音が入ってくる
パソコンを立ち上げ、部屋から電話回線を経由した
ネット接続、持参の2つの携帯を経由したネット接続が
可能かを試してみる
接続状態は良好だ
やがて朝食が運ばれてきた
トレイに並んだ多くの小皿を見て嬉しくなった
しばらくはこのような食事にはありつけないだろう
これからはチャパッティーとカレーの連続だ
9時、小さなメモをポケットに押し込み部屋を出た
寄ってきたリキシャーの運転手にメモを見せ
「この場所、わかる?いくらだ」
「80でいいよ」
思ったより少し安い
座席に乗り込む
半年前の出来事が思い出された
2005年9月、南インドで検索を終えた
私はマレーシア・クアラルンプールにいた
ホテルの従業員に
「クアラで有名な占星術師や霊的な人はいないか?」
と聞いていた
私は2人の男の紹介を受けた
そのうちの一人はクアラルンプールの郊外に住んでいた
訪れてみると、褐色の肌をした中年くらいの
男がその人のようだった
インド人だ
彼は生年月日や生誕時刻、生誕地から
人の運命を導き出す占星術師だった
彼の仕事部屋に入り
一通りの鑑定を受ける
「これから先、ヒマラヤ・ネパールあたりで、あなたはグル会うよ」
「へー、実は時折、ヒマラヤ・ネパールには行くんだ」
「そうだろ、そこらへんであなたはグルに会うよ。言っただろ」
多少の興味をこの鑑定に覚えた
「あなたの妻は素晴らしい人だ
常に正しい判断を持っている
妻の言うことには逆らわず、素直に従ったほうがいいよ」
苦笑いをした
クアラルンプールで私と合流した妻は大笑いしていた
多くの占星術師や霊的な人と会ってきたが
必ずこのように言われる
「OK。そうするよ」
約30分にわたって鑑定は続いた
今まで南インドで経験してきたことから
比べれば、それほど驚くような内容ではなかった
最後の方では私の仕事を聞かれ、ナディを検索する仕事を
している・・・と彼に告白した
彼はとても驚いた様子だった
まさか目の前にいる日本人がそのような
仕事をしているとは思わなかったのだろう
机の前の彼の本棚を見ると、所狭しと
占星術に関する書物やナディに関する書物が並んでいた
どの館を知っているのか? と聞かれ
私が言ったことのある5箇所ほどのナディの名を挙げた
その占星術師は意外なことを口にした
チェンナイにすごいナディがいる
彼は私のグルでもある
1ヶ月の半分を彼は寺院での修行に身をおき
残りの半分をナディ・リーダーとして暮らしている
予約をした日から一ヶ月半ほどあとで見てもらえる
あなたは彼に会ったほうがいい
彼こそが本物だ
日本人と比べればインド人は表現が大げさなので
それほど真に受けたわけではないが
一応、行ったほうがいいかな・・との想いが私の中に生まれた
その占星術師は私にそのナディの住所のメモを手渡した
日本を出発する直前、私はこのことを思い出し
そのナディに電話をかけた
日本からだ・・といっているにも関わらず
事務所に来てくれないと予約を受け入れられない・・
と言われ電話での予約は断念していた
リキシャーは私の知らない町並みの中を走っていた
ドライバーは何度もリキシャーを止め、メモを片手に
場所を聞きまわっていた
走り出してから約20分、ようやく目的地に着いたようだった
通りから路地に入ったところでリキシャーは止められた
さらに、通りがかった男に車も入れない
ほのかに薄暗い細い路地に案内された
右手に肉屋が見えた
毛をむしられた鶏がぶら下がっている
あごで「ここだよ」と合図された
今まで経験してきたナディの館とはまるで違う雰囲気だった
入り口にかかった布きれをくぐる
薄暗い4畳ほどの部屋の向こうに8畳ほどの
コンクリート敷きの部屋があった
徐々に薄暗さに目がなれてきた
奥の壁の中心に中年くらいの少々腹の出た男が座っている
その男を取り囲むように12人ほどの人々が床に座っている
世話役のような男が私に
「ホワット ドュー ユー ウオント?」
と聞いてくる
私はマレーシアでの経緯を話し、予約に来たことを伝えた
どうやら壁の奥側の中心にいる男がグルと呼ばれている男らしかった
彼は早口で何かを私に聞いてきた
まったくわからない
12人の中の若い理知的な顔立ちをした女性が
助け舟を出してくれた
英語で彼の言葉を通訳してくれる
私は再び、マレーシアで紹介されたことを伝えた
なるほど・・とうなづき、突然訪れた日本人を好奇な目で見ていた
私もその視線を見つめ返した
見たところ普通のおじさんである
特にビビットなものは感じられない
私の直感に訴えてくるものは特にはない
彼は視線を右となりの男に移し
何事かを告げて奥の部屋に入っていった
まるで状況がわからない感じだった
頼みの綱は英語を唯一話せる理知的な顔立ちの女性だった
この場の状況を知るために
彼女に様々な質問を投げかけた
ここは指紋から検索するナディなのか?
彼は1ヶ月の半分を寺院での修行に費やすのか?
ナディを検索してもらうのに1月半も待たねばならないのか?
彼女はすべてにYES と答えた
ナディの検索はあの部屋で行う・・・と部屋の扉を指差した
彼女自身もこの場を訪れるのは2度目で
1度目は1月半前に予約のみで訪れたことを口にした
今日はナディを検索してもらうのだという
私はどの種類のナディなのかを聞いてみた
今まで聞いたことのない名を言われた
私がその発音を聞き取れなかったのだろうか
やがて奥からグルのアシスタントらしき男が
「この日は来れるか?」
と日を指定された
「OK」
その日の朝9時に予約をした
「名前は?」
と聞かれ、指紋から検索を行うはずなのに・・と一瞬渋ったが
「OKADA NORIHITO」と伝えた
芸名があるので検索の際にそれを使えばいい・・・と開き直った
予約金を支払いその館をあとにした
今までに体験したことのない雰囲気を持つ館だったが
悪い印象は持っていない
例えて言えば、町や村の優秀なお医者さんを
皆が慕って自然と人が集まっている・・・といった感じだった
皆、心からその男を信頼しているようだった
待たせていたリキシャーに乗り宿に戻った
まもなくして約束していた時間にタクシーの運転手ラトラが迎えにきた
一刻も早くチェンナイの喧騒を離れたかった
久しぶりに会ったラトラは相変わらずで元気そうだった
車はシヴァサミーの館のあるヴァイティスワランコイルに向けて
海沿いの道をひた走った
都会を離れ、風景が田舎に変わっていく
海を見ながら何時間も頭を空っぽにする
シヴァサミーの館のある常宿に着いたのは18時過ぎだった
早ければ1人分でも検索をかけようと思っていたが
あきらめることにした
ここまでの長時間の移動に疲労していた
この日記を記す気力もなく
ベッドに横たわり、小説「白夜行」を数十ページ読んでから眠りに落ちた
2006年3月16日 シヴァサミーの館
7時に目が覚めた
疲れも若干とれたようだ
バスルームでお湯浴びをし、パソコンを立ち上げ
この南インド日記を記し始めた
日記を記している途中、9時半ごろ
ナディリーダー・カルティックが現れた
しばらく世間話をしたあと彼のバイクにまたがり
館に向かった
館での再会の挨拶
皆、私のいる検索部屋に入れ替わり立ち代り
やってきては
「クミ、マクロ、マダムは元気か?」
と聞いてくる
「皆、元気だ」
と同じ答えを何度となく繰り返した
その中の一人、来世で東京にマサキという名で転生すると
葉に予言されているナディの話が傑作だった
前々回だったと思うが私は彼に日本から持ってきた
安物の釣竿と釣り針、練りえさをプレゼントした
この釣り針の威力がすさまじいらしく
1時間で30匹も釣り上げた・・・
中には1kgを超える大物もいた・・・
ととても喜んでいた
彼の友人のインド製の釣り針では
まったく魚がかからなかったようだ
彼は愉快でとてもおもしろい男だ
木曜日だというのに館は検索で訪れた人々で
ごった返していた
11時に近い頃、指紋を申込書から切り取り
ナディに渡した
いよいよ今回、一人目の検索開始
途中、食事を取ったり
ビデオのバッテリーが切れ、宿の部屋に取りに
帰ったりして、葉が特定されたのは
17時半近くだった
昼間すぎ、バケツをひっくり返したような
大雨が降りさわやかな空気が流れた
納得のいく検索課程だった
今回依頼された追加検索のための
タミール語記述の小冊子をナディに渡し
今日の仕事を終えた
日はほとんど沈み、薄赤い空が広がっていた
2006年3月17日 シヴァサミーの館

特定した4人分の葉が含まれているそれぞれのバンダル
7時、起床
徐々に体がインドの気候と環境に馴染んできた
バスルームでお湯浴びをしながら洗濯をする
8時半、少し前には
館の検索部屋にいた
9時過ぎから
19時までのあいだ、検索部屋にこもりきり
計4人の葉を特定した
ナディリーダーは館で一番優秀と私が思っている男が行った
彼との検索は本当に楽しい
葉が特定される瞬間は喜びに満ちている
検索の過程で
「この人は犬と猫を飼っている?」
などと申込書の情報に書いていないことなども
聞かれた
もちろん、そういった場合には
「それは、わからない。ほかの質問を聞いてくれ」・・・と頼むのだが・・
今日、検索をかけた一人のなかに
以前にこの館で一度、既に葉を開いている方がいた
私の経験上こういった方の検索を再度する場合、その過程で
「この人は以前にシバ・ナディを開いているか?」
と聞かれることが多い
そのときは、正直にYESと答える
この過程を経ている場合、最終的には
シヴァ・マハ・シュクシュマというカテゴリーの葉が導き出される
以前に開いた葉よりも若干情報が色濃くでるパターンである
ところがこの方の検索を行っている過程で
予想されたその質問が私に投げかけられる
ことがなかった
最後までその質問はなく、
やがて苗字、家族の名、葉に記されている
情報が葉の中に確認された
「間違いないか?」
葉が確定される瞬間だ
私はもしや以前に開いたこの人の葉が
まったくそのまま出てきたのか?と不安になった
検索を何回も経験していると
以前出てきたものとまったく同じ葉が
重複して出てくることがある
もしやそのパターンかな?と思った
「まったく間違いない。すべて情報は一致している」
とナディに私は返答した
葉は特定された
ナディは葉に目を落とし
「おっ、以前にこの人はシバ・ナディを開いているか?」
と聞いてきた
「イエース」
と私
この人の葉は以前のものから進化し
シヴァ・マハ・シュクシュマとして再び表にでてきたのだった
私の不安など無用だったのだ
またもう一人の検索は
ディスカバリー・チャンネルの「インドの神秘」を
海外(日本国外)で見た方からの依頼だった
この方は私の名をネットで検索し
ホームページを見つけ、検索依頼へと至ったのだった
申込書には発音の難しい名前が多く並んでいた
日本語の発音とは大きく異なるものだ
ましてナディは私が日本人のため
申込書にも日本人の名が記されているはずとの
固定観念からちょっと難しい検索になるのかな・・とも思ったが
そんな私の心配をよそに
疑いようのない葉を導き出した
ぐうの音もでないような情報までもが記されていた
今日のどの葉も満足のいく検索課程だった
20時過ぎに宿に戻り
乾燥パスタを部屋で茹でてたいらげた
日記を書き上げたのは真夜中近くだった
2006年3月18日 シヴァサミーの館

夕食の様子
8時半、館へ
まだナディは誰も来ていない
裏庭の小汚い池をぼんやりと眺めたりする
結局、検索が始まったのは
10時過ぎだった
19時までかかって2人分の葉の特定にいたった
その中の一人は養父・養母やニックネーム等を
含めて申込書に実に多くの名が記されていた
また国際結婚を含め情報が多岐にわたっていた
私にとってはこういう葉の検索ほど
興奮するものはない
通常の占星術ではどう考えてもありえない
鮮明さで葉が特定されるからだ
ナディも私も
「オー、ディフィカルト!」
と言いながら慎重に葉の検索を進めた
最終的には1枚の葉のなかに
9つもの固有名詞が並ぶ葉が特定された
こういった葉を目にすると
この世界の奥深さを実感する
翻訳がとても楽しみである
申込書に記された情報が多ければ
多いほど私もその葉に対して確信が得やすい
一通りの名や仕事、生年月日が特定された
あと、私は必ず申込書から特徴的な事柄を
探し出し葉の中にその記述を探すように
心がけている
大概の特徴的な事柄は簡単ではあるが
葉に記されている
この事柄が確認されればより
葉に対して確信が得られるというわけである
このあまりのひつこさにナディはよく顔を歪めるが
今ではだいぶ慣れてくれているようだ
部屋に戻ったのは19時過ぎだった
あまりに疲労し、何もする気になれず
カメラの充電などをセットし、乾燥パスタと味噌汁
を胃の中に流し込みベッドに倒れこんだ
2006年3月19日 シヴァサミーの館

この人は以前に既に葉を開いている
今日この日は日曜日
実は数日前から計画していたことがあった
それは今回葉を依頼して下さった関連者の一人が
妻が東京で行っているワークショップを受けに
彼女の経営する天使堂を訪れるのだ
もちろんそこにはADSL環境で接続されたパソコンが置いてある
私がインドに持ち込んでいるノートパソコンと連動させた
テレビ電話・映像チャット用のソフトの準備も整っている
この日が来るのが何度待ちわびたことか
私は数年前からなんとかこの葉の検索の模様を
日本にいる依頼してくださった方々に
もっとリアルにダイレクトに感じてもらえないだろうかと
いろいろと考えていた
葉が特定される瞬間の空気感は圧巻である
時として、時を超越したリアリティーを感じられる
インド国内でスムーズにいつでもネット接続できるように
するためにどれだけの努力と苦労をしてきたことだろう
そのためだけにそれなりのお金も時間も費やしてきた
無駄になってしまった機材もある
今日のこの日のことを実現させるためだったといっても
過言ではない
ここ1−2年でこの館のある村にも携帯が普及しはじめた
それにともなって各電話会社がアンテナを建てた
村にははじめてと思われるネットカフェもできた
遅々とした歩みではあるが確実に進化はしているのだ
インド時間14時過ぎ、
私はナディに指紋を渡し
私のノートパソコンを立ち上げ、電話とDVカメラを接続させて
準備に入った
机のうえはケーブル類でこんがらがっている
天使堂では既にADSLに接続された状態で
準備を整えているはずだ
まもなくして日本の相手の声と映像が私のノートパソコンに
映し出された
相手の顔が見える
うまくいっている
声も途切れ途切れだが聞こえてくる
多少、音が割れている
こっち側の接続回線スピードが遅いので
この程度の不具合はしょうがない
やがてナディが指紋から割り出された
葉のバンダルを携えて戻ってきた
ナディ自身も初めての試みに緊張を隠しきれない
日本側にいる相手に関連した葉の検索は
急を要するものだった
葉の対象者は現在、病院の集中治療室に入っている
それもあって是非、この機会を役立ててもらいたいと思ったのだ
いつ回線が途切れてしまうだろう・・・と不安を抱えながらの
検索がはじまった
日本側も食い入るように画面を見つめ
こちら側から送られる途切れ途切れの音に耳をすませている
私はナディの質問に対して、時には日本にその問いを投げかけ
回答を得て、ナディに伝え、時には記入してもらった申込書を
見ながらナディの質問に答えた
徐々に葉の対象者の健康状態が明らかになっていった
ゆっくりと確実に葉の特定に進んでいった
徐々に名前の情報の断片もあらわになっていった
1バンダル目が閉じられた
ネット回線は途切れぬまま、映像と音声は日本に届けられていた
日本での回線は常時接続のまま、保持してもらい
インド側からは回線を一度接続した
インド側からは常時接続・定額料金ではないので
無駄なことはできなかった
一体、いくらかかるのかも私にはわかっていなかった
すべて模索状態だった
10分後、2バンダル目をもってナディが戻ってきた
再び、日本との接続を再開させる
順調だ
それから約15分、検索は進展なく平行線をたどった
突然、ナディが今まで一致していた情報を繰り返し
口に出し始めた
葉が個人を映し出す瞬間だ
「○○○」 苗字が読み出された
「きたっ」思わず身を起こす
その後、約5分間、その1枚の葉の中の情報が読み上げられた
間違いなかった
否が応でも日本からは興奮が伝わってくる
私からみても、日本側の依頼者の関連者からみても
疑いようのない葉だった
しかもだめ押しのように、この葉を依頼した人の名
そして、その人が葉を検索した理由が述べられた
検索の初めから終わりまで
音声と映像が途切れることはなかった
想い続けていたことがなんとか
実現した
私はナディに葉から大事な情報だけ
日本に伝えてくれ・・と懇願した
ナディは葉に目を落とし
ある部分を読み上げた
すぐさま日本にその文章を日本語に訳し伝えた
まもなくしてその人は病院に向かった
少しでも役に立てた気がした
いったんこちらサイドから回線を切った
ほっと一息をついた
ナディと握手を交わした
最高の検索だった・・と
しばらくしてナディが
「マダムに挨拶したい・・・」
と言い出した
「OK」
回線を再接続した
ナディが私の妻に
「クミ・マクロ・ファイン?」
「ユー セルフ ファイン?」
と決まり文句の挨拶を投げかけている
空気が和気藹々としたものにかわった
妻が何かを言っている
「もう一人検索をしたい・・・って言っている人がいる」
「??」
わけがわからなかった
「×××ちゃん」
そういえば検索の途中
可愛らしげな女性がちらちらと画面に映っていた
どうやらその人は今回、検索を依頼してくださった人だったようだ
予想もしていなかった事態だった
あわてて申込書のファイルをかき回し
その中の1枚をつかみとり名前の部分を
カメラのレンズに近づけた
「そう!その人!」
乗りかかった船だった
急いではさみで指紋を申込書から
切り離し、ナディに渡した
「クイック!」
「イエス。クイック!」
ナディは反応した
そして2人目のオンライン検索が始まった
1バンダル目は成果がなく閉じられ
2バンダル目に検索は突入した
日本側の画面は、時には笑い
時には顔をしかめ
時にはまじめに返答し
ナディからの質問に対して
「YES! NO YES」
といった具合に進んでいった
検索の途中、私サイドのネットに接続するための機器が
悲鳴をあげた
「もしかしたら、途中で切れるかも。
それまで続けるから」
と伝え、検索を続けた
残念ながら私の対応・準備不足でオフラインと
なってしまい日本とつながっていた
映像と音声は途切れた
それからまもなくして
彼女の葉も特定された
残念でならなかった
たったあと5−7分もってくれれば
特定の瞬間をライブで味わえてもらえたのに・・・
まだまだ改善する余地はありそうだった
しかし近い将来、もっと準備をすれば
もっと多くの方に葉の検索を日本にいながらにして
はじめから特定にいたる瞬間まで
その醍醐味を味わってもらえるかもしれない
しかもライブでだ
この状況に対応してくれたナディに心から感謝した
今日、検索した人数は4人
ライブ検索の緊張と充実感が重なり
ベッドに身を横たえた
まったりと回る天井のファンを見ているうちに
催眠術にかかったかのように眠りに落ちた

日本・東京とのオンライン・ライブ・検索
2006年3月20日 シヴァサミーの館
今日は穏やかな1日だった
月曜日ということもあり、昨日ほど人の気配がない
ナディもゆったりまったりとしていた
検索のためのバンダルを持ってくる時間の間隔も
いつもよりゆっくりとしている
ちょっとハイクラスな若いインド人の男女のカップルや
ドイツ人らしき男性、オーロヴィルから検索にきた
金髪の若い女性らが自らのナディを探しにきていた
検索の途中、ナディとミール(カレー)を食べたりしながら
じっくりゆっくりと検索を行った
18時半すぎまでで3人の葉の特定にいたった
今、北インドでは鶏が大騒ぎらしい
果たしてその勢いは南インドまでやってくるのだろうか
私の重要なタンパク源の卵・オムレツも怖くて口にできない
現地での情報はあてにできない
館にいるある男は「鶏は今あぶないから2ヶ月口にしていない」
と言っている
片方では
「鶏騒ぎは北だけだよ。南ではまだ平気だ」
という
一体どの情報が本当なんだ?
2006年3月21日 シヴァサミーの館

4人の葉の特定にいたる
2006年3月22日 シヴァサミーの館
1日中静かな日だった
今日は館は定休日のため、何人かのナディしかいない
一応、遠方からわざわざやってくる
人々のためにナディの何人かは職務についているのだ
今日は半日以上、停電していた
そのため検索の途中から2階の日の光の入る
検索部屋に移動した
検索を担当したナディも休日のため
スローペースである
私が依頼者に書いていただく申込書には
「霊的指導者の有無」という項目がある
検索において、時折
「霊的指導者がいるか?」
と聞かれるので、それに備えるための
ものである
これは特に大げさなものではなく、
たとえば、彼はまたは彼女が
時折、寺院の僧侶、または占星術師でも
結構なのだが、訪れるとしよう
彼がもしくは彼女が人生において生きるための
指針を得ているならば
それは「霊的指導者がいる」
ということになる
霊的指導者の有無を検索において
問われた場合、申込書に書いてあれば
必然的にYESとなる
大概、その質問のあと
私は追い討ちをかけるように
「その後に続く文章は何だ?」
と問い返す
そうすると
例えば「サティア サイ!」
とか
「彼(依頼者)が生まれた国に
住んでいる霊的指導者で男性である?」
とか
「そのグルは女性?」
とか
「その霊的指導者は結婚している?」
などの質問が続いて飛んでくる
大概の場合は霊的指導者の詳細は
その部分で終わる
つまり、その指導者の名は記されていない
ところがまれにその名が
記されていることがある
私が4年ほど検索を行ってきた
経験上では約5人ほどの固有名詞を目にしたことがある
今日の検索での特定した葉は2人に留まったが
その中の一人には、霊的指導者の名がでていた
久しぶりに固有名詞を目にすることとなった
きっと、葉の依頼者にとっては
大きな意味を成している人物なのであろう
両親の名、配偶者の名、本人の名などは
確実に葉の中に現れるが
出たり出なかったりするのが
恋人の名である
恋人の有無までは確実に出るのだが
その名前となると書いてある場合と書いていない
場合がある
私の経験上では70%ほどの確立で
もしその人に恋人がいれば
その名が出てくる
申込書に、長く付き合っている・・・と記された
恋人の名でも出ないケースがある
一体どういう理由でそうなのかは
私には断言できないが
もしかしたら、その人との縁の深さが
ひとつの尺度になるのかもしれない
まったく別の話だが
「この人は刑務所で生まれたか?」
とか
「現在、服役中か?」
など予想だにしない
質問が飛んでくることもある
葉は様々なかたちで、様々な人生模様を
映し出すのだ
2006年3月23日 シヴァサミーの館
昨日は部屋に戻ってから何もする気になれず
食事もとらず寝てしまった
9時過ぎ、オート・リキシャーに乗り
館に向かう
18時までにわたって4名の方の葉を
検索したのだが、最後の方の検索が
私にとっては激闘とも呼べるものだった
この指紋の方は年齢が60歳を過ぎており
それなりの人生経験が蓄積されており
申込書の情報も多岐にわたっていた
両親の他界、兄弟姉妹との死別、子供の有無、
配偶者のことなどチェックをかけられる事実が多く記されていた
葉のバンダルには通常より多くの葉が重ねられていた
ナディは実に細かく質問を私に投げかけた
「兄弟は自殺したか」
「この人は事故死か?」
「霊的事柄に深く関わっているか?」
「子供の仕事は食品に関連しているか?」
「この人は過去に手術をしているか?」
「子供とのコミュニケーションがうまくとれていない」
「配偶者は2回以上結婚しているか?」
「兄弟は病気にかかり、治療の甲斐なく亡くなったか?」
など、名前に関する情報がほぼ
聞かれることなく、検索はひたすら続いた
息をつく暇もなく約90分、このような状態が続いた
葉はどんどんめくられていった
そのナディは、突然、ひとつの苗字を言い放った
{きたっ}
と身を起こした
それから約10分間、1枚の葉の中の様々な情報が
読み上げられそのすべてが一致していた
依頼者が悩みを抱えているその悩みに関する一文もそこにはあった
ナディが
(どうだ?・・・)
といった顔を私に向けたので
「パーフェクト!」
と言い、葉の特定にいたった
過去、多くの検索を行ってきたが
よくもここまで1枚の葉の中の様々な
情報が個人に対して一致するものだ、と改めて驚かされた
翻訳が出来上がるまでは少し時間が
かかるが、この葉を読んだ依頼者の胸の
中にどんな想いが生まれるのだろう
この世界の奥深さは果てしない
2006年3月24日 シヴァサミーの館
今日の検索で特定した葉は1名
この方からは今回私が南インド入りしてから
メールにて依頼を受けた
指紋をJPEGデータで送ってもらい
検索に必要な情報を記入していただく申込書も
メールで送っていただいた
指紋を館のプリンターでプリントアウトし
検索が始まった
ナディから質問が飛んでくると
自分のノートパソコンの申込書データを
にらみ、そして返答していった
約2時間後、葉は特定された
通信環境の発達のおかげで様々なことが
可能になっている
古代から伝承される叡智と
先端テクノロジーの融合だ
私の中のひとつのテーマでもある
今日の午前中のことだが
検索をお願いする予定だったナディの
お得意様が遠方から訪れたようで
ちょうど私の時間がブラックホールのように
空いてしまった
その穴を埋めるように別のナディがやってきて
私のプラシュナ・カンダムの準備ができたという
実は私自身が自らプラシュナ・カンダム
(5つの自由な質問に対して、返答が記されたカンダム)
を開くのは今回がはじめてである
以前から開きたいとは思っていたが
依頼者の葉を優先しなければいけなかったことと、
今まであわただしさの中でそれを実行にうつす余裕もなかった
今回は私が個人的にぶつかっている問題やトラブルがあり、
なんとか解決を見出せないか・・・と模索していた
そこで5つの質問を記し、4日前にナディにプラシュナ・カンダム
を探すように依頼していたのだ
そのプラシュナ・カンダムから得た
5つの質問の中のひとつの回答をここに紹介したいと思う
Q1; 私の身内の者に心臓を患っている者がいる
この病は自然治癒する可能性はあるか?
先端医療を用いて手術を行ったほうがよいか?
もしくはスピリチュアル・ドクターが将来、その者の心臓を直してくれるチャンスはあるか?
そうであるとすれば、それは誰であるか?
要約すると、このような質問である
自然治癒の部分の記述に関してだが
心臓外科専門の病院で、
自然治癒の可能性は西洋医学的にはありえない・・・
と検査時に言われていた
一方、東洋医学(正確には氣の力を用いた)の医者には
自然治癒の可能性もあるという
この相反した回答を得ていたため
冒頭でこの質問を入れてみたのである
プラシュナにおいて得られた回答は
私が予想していたものとかなり違っていた
要約すると
「その心臓の疾患は自然治癒することはない
そのためほっておくと将来問題となるかもしれない
しかし心配はいらない
その心臓は治る
第1音目「さ」行の音のひとつ、
第2音目「や」行の音のひとつ、
それに続くのは、2つの「ぱ」の連続した音
を名前に持つ人物の場所が、その治療に最適な場所である
その場所において、先端医療(手術)もしくは、
霊的な治療が施されるだろう
何も心配はいらない
全能なる神の祝福を得て、その心臓は治るだろう」
といったものだった
この名前の記述の部分だが
十中八九、サイババに間違いない
サ、シ、ス の 「サ」
ヤ、イ、ユ、の 「イ」
パ と バ は同列なので 「ババ」
となるからだ
葉の中では彼の名はこういった出方をする
ナディもおそらくはサイババに間違いないという
その予想だにしなかった回答に面食らった
その病院のことはアシュラムを訪れる際には
必ず目にしていた
噂では最新鋭機器がそろっているとも聞いているし、
以前館に関係があった者の親戚にも
その病院で心臓外科手術を行い
治癒したと聞かされたこともある
だがしかし、私自身、8−10歳までパキスタンに
在住していた頃、急性腎炎にかかり
衛生面などの環境を考えると日本で治療した
ほうがいい・・ということになり
父親一人をパキスタンに残し
母と弟と私で帰国し、私が入院生活を送ったこともある
外科手術的にはどう考えたって
アメリカやドイツ、日本のほうが進んでいるように思える
正直、衛生面ではとんでもなく不安を抱いてしまう
そしてインド特有の性格的なおおらかさ・おおざっぱさを
とればより不安に感じるのも事実だ
できるだけ体にメスが入らない方法で治癒すればいい
と私は思っている
果たして、その方向で、ことは運ぶのか
そんな想いが絶え間なく頭の中を駆け巡った
こんな質問しなければよかった・・・と後悔もし
そこに可能性があるなら・・・と期待も抱く
しかしその文章の裏に隠された
見えない力、霊妙さを感じてしまったのも
また事実である
一体、どこに行き着くのだろう
2006年3月25、26日 シヴァサミーの館
25、26日にわたって第1章の検索と
特別章のひとつである
アートマ・ビシャラナ・カンダムの検索を行う
今は亡き魂の状態を調べるための章である
このカンダムは生年月日、没年月日、他界した人の性別、
依頼した人の性別をナディに渡すところからはじまる
私が過去に請け負ったのは
自殺、事故死、病死、などで他界した魂
が現在、転生しているか?
または成仏できずに彷徨っているか(輪廻転生の輪に入っていない)?
何故、その様な死に至ったか(過去世との関連)
をアートマ・ビシャラナ・カンダムを通して調べるのである
26日に検索をかけたアートマ・ビシャラナの検索は
今まで以上に細かな質問をされた
日本を発つ前におおよそ飛んでくる質問を予想し
それに備えて依頼者に様々な情報を得てから
検索に望むのだが、それでも十分ではなかった
「事故の被害者はその当時一人だったか?
学校からの帰りだったか
両親と暮らしていたか
グループでいたか
4輪だったか
2輪か
歩いていたか
当時、仕事をしていたか
加害者は服役しているか
誰が病院に運んだか
病院に入院してから3日後に他界したか?」
等々、そのほとんどが
用意していない答えだった
途中、あまりの細かさに舌を巻き
「そんな詳細なことが葉に書いてあるのか?」
とナディに聞いたほどだ
ナディはコクリとうなづいた
すべての質問に
「わからない・・・」
と言い、なんとか検索を続けて
葉を導き出すことも不可能ではないが
それはこの今回の場合、得策ではない・・と判断し
依頼者に国際電話を打った
電話はつながらず、考えた末
いったん検索を打ち切り
依頼者に検索で答えられなかった質問を
メールし、再度検索に望むことにした
アートマ・ビシャラナの検索はとても難しい
が、最後葉が特定される瞬間は
圧巻であるし、そのすべてが・・というわけではないが
その葉の内容に衝撃が走ることも多々ある
そこには、その死に至った因縁や
誰に転生しているか・・などと
具体的に記される場合もある
その現場を目にし、何度驚いたことだろう
科学的には決して証明できる世界ではない
が、その葉を目の当たりにし携わった者
の心の中に何かを芽生えさせ昇華させるのだ
アートマ・ビシャラナの検索は続く
26日の午後、日本の妻のショップとのオンライン検索
を再び試みる
相変わらず、音声の状態は悪いが
日本側では画面を食い入るように見つめ
こちらからの音声に耳をすませている
実質、100分ほどで依頼者の葉がでてきたが
その瞬間の驚きと感動は否が応でも伝わってきた
「おーっ、オわー、イエスッ」
と大興奮だった
ナディは平静を装い
葉にでてきた名前を淡々と読み上げていたが
葉の特定が終わり
日本との回線を切ったあと
ナディが
「あの人は満足しているかな?」
と私に聞くので
「大興奮さ!多分、興奮しすぎて今夜は寝れないはずだ」
というと、腹を抱えて笑い出した
ナディ自身も一仕事やり遂げた充実に満たされていた
果たして大興奮の本人はその夜
やはり寝れなかったようである
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